水霊の理

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水霊の理

俺の友人Aの話なんだが、どうしても誰かに話したくて、良ければ少し聞いて欲しい。 これは、今から遡る事一か月前の話だ。 Aは根っからの心霊凸者で、よく凸った場所の動画なんかをインターネットサイトにあげている。 そんなAが、今回はかなりやば事になったという事を、知り合いでもあるAの彼女から聞かされた。 「Aの様子がずっと変なの……何かに取り憑かれたみたいになってて……明日Aのお母さんが病院とかお寺さんに行ってみるって……」 Aの彼女は心配そうな声でそう言うと、また明日何か分かったら電話すると言い通話を切った。 彼女の話によると、Aは地元の海岸で有名な場所へと凸ったらしいのだが、そこで本人の話によると、海中を漂う女の姿を見たとの事だ。 女が海から這い上がって来るのを見てしまったAは、彼女に通話しながら慌てて家に帰宅したという。 Aかおかしくなったのはそれからで、突然部屋で暴れたり、何かに怯えるように叫んだりと、とにかく奇行が目立ったらしい。 どうにかしてやりたいところだが、今のとこ俺にはどうする事もできないため、話通り彼女からの連絡を待つ事にした。 翌日、約束通り連絡を受けた俺は、事態の急変ぶりに驚かされる事になった。 病院では精神障害などの診断を受けたらしいが、次に向かった有名な寺では、こんな事を言われたのだという。 「水霊がこの方を迎えに来ています……一ヶ月、水場に近づけないで下さい、でなければ彼は連れて行かれてしまいます……」 母親の付き添いで行ったAの彼女は、それを聞いて血の気が引いたという。 二人はその後Aを家へと連れ帰り、どうするか相談した結果、徹底して部屋に閉じ込める事にしたらしい。 正直俺は反対だった。 高名な坊さんか何か知らないが、そんな話を鵜呑みにして、逆にAの気が触れたらどうするんだと彼女を問い詰めたが、二人の意見は変わらなかった。 それから直ぐにAの監禁生活が始まった。 Aのバイト先へは暫く病気で休むと断りを入れ、母親と彼女が交代でAを見守る事にしたとの事だ。 風呂は二人でAの部屋で拭いてやり、念の為トイレも簡易トイレを部屋に設置する徹底ぶり。 そんな生活が四週間続いたという。 二人の甲斐甲斐しいまでの世話もあってか、Aの奇行はだいぶ落ち着いたとの事だ。 少し痩せこけた感はあったらしいが、顔色はよく、悪夢にうなされる事もなくなり回復に向かっているらしい。 彼女の定期的な連絡を受け取った俺は、ほっと胸を撫で下ろした。 正直未だに信じられない部分が多いが、Aが以前に戻りつつある事は喜ばしい事だ。 全てが終わったらお見舞いに行こう、そう思った矢先の事だった。 一ヶ月立った日の朝、彼女からAが亡くなった事を知らされた。 愕然とする俺に、Aの彼女は泣きながら事の次第を説明してくれた。 最終日の朝、二人がAの部屋に入ると、Aは首を吊って自殺していたそうだ。 言いつけ通り水場には一切近づけなかったのになぜ……? 疑問に思った俺が彼女を問いただすと、嗚咽混じりの返事が返ってきた。 「か、彼……自分が持っいたシャツで……く、首を吊ってたの……」 「シャツで?」 「うん……シャツには海の写真がプリントされてて……ひっく……」 そこまで言うと、Aの彼女は耐えきれず泣き出してしまった。 以上が事の顛末だ。 葬儀の日、Aが例の心霊スポットで撮った動画を見るかと母親に尋ねられたが、正直恐ろしかった俺はその申し出を断った。 寺の坊さんが言った話は事実なのか、それともたまたまの偶然が重なったのか……今となっては、それを知る術は俺にはない。
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