猫の日に猫耳を

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 ここで、無礼な後輩を跳ねのけられるような心強き人間になりたい。  あるいは今年の目標はそれに変更するべきか。  そう思いつつ、現段階ではそれが出来ないので仕方なく菅名に問いかける。 「で、話ってなんだ?」 「……実は、彼女とケンカしたんですよ」  まさに最悪の話題ではないか。  何が最悪なのかと言えば、菅名の彼女である那古美菜(なごみな)ちゃんが妹の友達って事だろう。ここで菅名を無碍に扱うのは簡単だ。だが、その結果二人の間に亀裂が入り、那古ちゃんがうちの妹に相談を持ち掛けたとする。遅かれ早かれ俺が菅名の相談を拒んだことが知れるだろう。好戦的な妹がそこから俺に対してどんな面倒を持ちかけてくるのかは考えたくもないが、面倒な事になるのは間違いない。  これはもう俺に逃げ場なし。 「何が原因なんだ?」 「今日、猫の日じゃないですか」 「……そうだな」  相槌を打ちながら、早くも耳を塞ぎたい衝動に駆られている。 「ていうか、超猫の日じゃないですか」  愚かなる祭りに踊らされる哀れな男がここにも一人いたらしい。我が後輩ながら嘆かわしい。 「この機会を逃すまいと頑張ったんですよ」  片手に拳を作り、それをプルプルと震わせる菅名。  彼なりの頑張ったアピールなのだとしたら、若干過剰というかお粗末というか。 「……何を頑張ったんだ?」  問いかけておいてなんだが、答えは本当に聞きたくない。だが、菅名は容赦なく答えを口にした。 「猫耳付けてくれ……ってお願いしたんですよ」 「馬鹿みたい」  反射的に素直な感想が口から飛び出した。  それに対して菅名は一瞬泣きそうな顔を見せた。  「美菜にも同じこと言われました。ていうか、ブチギレられたんですよ」 「そりゃそうだろう」 「何でですか? 猫の日なんだから、そう言うのもありじゃないんですか? だって、超猫の日ですよ?」      「むしろ猫の日に言うから怒られるんだろうが。短絡的で貧弱な発想力の唾棄すべき屑だ、と那古ちゃんも直感的に感じたんだろうさ」 「違います、短絡的な発言でも悪ふざけでもないんです」  菅名の言葉に力がこもる。 「じゃあ、何なんだ?」 「俺は、美菜の新しい一面を見たかったんです」 「物は言い様……」 「違います!!」  バン、と机をたたく菅名。なんか熱が入りすぎて怖いんですが。  ていうか、店員の目がこっちに向いてるんで、ちょっとテンション下げて下されろ。 「猫耳の美菜を想像してくださいよ。絶対可愛いじゃないですか!! しかも、俺の方が背が高いから、自動的に上目遣いして貰えるんですよ。それでにゃんとか言われたらもう……」 「よし、黙れ変態」 「それに、彼女ってちょっと猫っぽいでしょ? だから、ずーっと思ってたんですよ。絶対猫耳が似合うって。気分屋さんでちょっと我侭なところって言うんですか? そう言う所あるんですよね」 「黙れってば」 「で、そこに超猫の日到来ですよ。絶対チャンスじゃないですか。だから思い切ってお願いしたんですよ。猫尻尾まで買ったんですよ? それなのに、馬鹿じゃないの? とか言うから……」 「全く持って馬鹿じゃないのか?」 「思わず俺もカッとなっちゃって。そんな言い方は無いだろって……そのまま美菜の家を飛び出してきちゃったんです」 「寧ろそんな言い方しかないだろ」 「どうしてこんな事に……」  聞けよ、人の話をさ。 「どう思います?」  そこで菅名はようやく俺の方を向いた。  後輩であるにも拘らずこの舐め腐った態度。  俺がもう少し武闘派なら、俺の方を向いた顔にグーパンチをお見舞いしているところだ。  幸い、俺は全く持っての平和主義者でジェントルマンなので手は出さないが。
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