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「四回目」  冷静なカウント。 「ふぁ〜……んぐっ、なんだよ趣味悪い」  前田明宏はその「四回目」のあくびを途中で噛み殺した。  道立庭根高校二年三組。二学期末のテストも終わり、冬休みに向けて皆が浮き足立っている、そんなある日。  野元正志は呆れたふうに言う。 「って言うけどな、お前、朝教室であってまだ一〇分足らずだぞ。いくらなんでも多すぎだろが」 「そうか? お前だって時々ゲームで徹夜したとか……ふぁ〜……」 「五回目。なんだよ、それこそゲームもやんねえアニメもドラマもろくに観ねえお前が寝不足とか。まさか勉強……」 「冗談。期末テスト終わったばっかだぞ」 「じゃあ面白いミステリ本にでも当たった? それともマンガ? まさかめくるめくエロスの……」 「やめろ。お前じゃねーんだっつーの。朝からなんの話を始める気だ」 「じゃあなんだって言うんだよ」  正志は口を尖らせて言う。明宏は出そうになった「六回目」を堪えながら答えた。 「寝てはいるんだよ、これでも。だけどどうにも寝た気がしねえっつーか」 「寝た気が、しない」  キョトンとして鸚鵡返しに呟く正志。 「なんだそれ」 「俺が知りたい。ただ……」 「なんだよ、心当たりあんのかよ」 「いや、曖昧なんだけどさ、なんとなく、その……毎晩同じ夢を見ている、ような気がするんだよ」 「同じ、夢」  再び呆けたように繰り返す。 「そ。つーてもろくに覚えちゃいないけどな」 「少しは覚えてんの?」 「まあ、覚えてるっていうか、漠然としたイメージなら」 「どんな?」 「女の子」 「女の子? 誰?」 「わからん……つーか、多分、知らない子」 「歳は?」 「同じくらい。なぜだかほっとけないっていうか、みてるとこう、胸のあたりがモヤモヤするっていうか、そんな女の子が、こっちをじっと見てるんだよね。で、何かを言いたがってるっぽいんだけど、声は聞こえてこない」 「なんだそれ」  正志は再び言う。 「欲求不満じゃねーの」 「言うな。俺だってちょいそんな気は……だけどなあ」 「なんだよ」 「いや、その、なんつーか……お前の考えるようなことしたいと思ってるわけじゃないんだけどさ、それでも、どうしても、会いに行かなきゃって、思い出すたびに、そんな気にさせられるんだよね」 「……欲求不満じゃん」 「いや、だからお前が考えるようなことは」 「あのなあ、人をエロスの権化かなんかみたいに言うの、やめてもらえる?」 「え、違うの?」 「おまっ……」  会話はそこで打ち切りになった。  チャイムがなり、教室のすぐ外で待ち構えていたらしい担任が入ってきたからだった。 「さーきっ!」 「ひゃんっ!」  後ろから急に抱きつかれて、雪村早希は細い声で悲鳴を上げた。 「もう、美月ったら、やめてよね」 「あっはっは」  抗議する早希に、長野美月は豪快に笑って答える。 「かわいいなあ、早希は」 「もう……」  ため息をつく先の正面に回り、横向きに座る。 「だって、あんまりあいつの方夢中で見てるからさ」 「……五回」 「え?」 「明宏くん、この一〇分くらいで、もう五回もあくびしてる」 「……よく見てるわねーあんたも。いい加減ちょっと怖いよ? ストーカーじみてるよ?」 「だって……」 「あーほらほらはいはい、泣くな泣くな」 「泣いてないもん」 「それ。あんたはその言い方があざといの」 「そんなこと言われたって」 「わかったから、その、うるうるした目でこっちをじっと見るのやめてって」 「こういう目なんだからしょうがないじゃん」 「あーそうだったそうだった。はいはい。んで、あくびがなんだって?」 「最近、しょっちゅうあくびばっかり。授業中もよくうとうとしてるし、休み時間も体育館行かないし」 「……こわ、ほんとにストーカーじみてるよあんた」 「だって……見ちゃうんだからしょうがないじゃん。勝手に目が追っちゃうんだよ……追いかけてまでいないし、家までだって行ったことないし、ゴミ漁ったりも」 「はいはいストーップ。わかったわかったわかりました。わかったからその目やめて。特に上目遣いやめて。あいつに聞いといてやるからさ、まあちょっと待ってなって」 「あいつって」 「あいつはあいつよ。アホ正志」 「すぐそんなふうに言うけどさ、仲良いよね、美月と正志くん」 「冗談でしょ。ただの部活仲間ってだけよ」 「そっか、パートリーダーなんだよね、二人とも」 「そ。おかげで合わせなくてもいい顔合わせる機会が増えてさ、むしろうんざりよ」 「嫌そうに見えなけどなあ」 「やめてってば……まったく、人の気も知らないで」 「え?」 「なんでもない、あ、ほら、先生来るよ」  チャイムと喧騒の陰で、ぽつりと美月は呟く。 「あっぶね。知られちゃいけないんだっての」
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