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『本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。もうお聞きの方もいらっしゃるとは思いますが、本会議の議案は、昨日、当局、ターミナルの第2浴場において発現した新種タイプのナキガラについてです』
「意義あり」
坂本は手を挙げた。
「心拍停止が認められていないので、ナキガラと明言するのはどうかと。患者と呼んでいただきたい」
議長の視線が伺いを立てるように宇藤に移動する。
宇藤は軽く頷くと坂本を睨んだ。
『ええと、失礼致しました。新種タイプの患者について、です。
皆さんに映像でご覧いただいている通り、今までのナキ……患者と比べ、どのタイプにも属しません。人間の形を保っており、細胞の肥大や破壊も見受けられません。そして坂本隊長からもあったとおり、心拍も動いている状況です』
一気に会議室がざわめく。
「―――かわいい……!」
そう呟いたのは、坂本と同期の鈴宮彩羽だった。
「なんすか、あの可憐なドクターは」
真壁が坂本に顔を寄せる。
「あいつを見くびってると殺されるぞ。同期で一番に隊長になった女だ」
坂本はロングの髪を弄りながら小首をかしげている鈴宮を睨んでから、視線をモニターに戻した。
「静粛に」
口を開いたのは、議長席の隣に座る宇藤だった。
「見た目は少女だが、実態はDHRに感染された心臓が動いているナキガラと扱うべきだと私は考える。
その泉谷というドクター以外には凶暴だというじゃないか。脳の退化、言語の消失。他のナキガラと何ら変わりない」
「それには語弊があります」
次に手を挙げたのは真壁だった。
「脳については、他のナキガラと同じように細胞破壊による退化ではありません。もともと小さいんです。言語も同様。そこら辺の情報は正確にお伝え願いたい。研究所の所長であるなら尚更に」
「―――何が違う?」
宇藤はふっと笑った。
「我々にとって何が違うのだ。脳が小さいからこちらの意図を理解できない。言語が通じないから、意思疎通も出来ない。いよいよナキガラと同じだ。よってこの場での呼称もナキガラで問題がないと考える」
「じゃあ、医師法のFight Dr.とナキガラに関する記述も見直すんだな。心拍の停止。それを無くしてナキガラとの認定は出来ないはずだ」
坂本の言葉に真壁がぴくりと反応する。
宇藤が顎を上げながら睨み返す。
『―――名前かあ』
と、スクリーンに映っていた泉谷が急に口を開いた。
彼の膝で半分眠りかけていた彼女が目を覚まし、泉谷を見上げる。
『いるよな、確かに。このままじゃ呼びにくいし。ずっと“お前”って呼ぶのもな』
その白い頭を撫でながら泉谷は微笑んだ。
『んー……シロ?は簡単すぎるか。いよいよネコみたいだしな。ええと。ミケ…あはは。冗談だよ。じゃあ……』
泉谷は少女を覗き込んだ。
『ソラ。空から降ってきたから、ソラにしよう!』
ソラも泉谷を見つめ返す。
『俺は智輝!改めてよろしくな!』
『…………』
少女の真っ赤な目が一瞬輝いたように見えた。
『ーー名称が決まったようですね』
議長が感情の籠らない声でそう言った。
『ここでナキガラであるか患者であるかの議論は生産性のないものと捉えます。
あれの名称はソラに統一します。議論を続けましょう。
我々医局ではソラをどう捉え、これからどう扱うか』
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