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『診断法開発部ではどう見ますか』 議長に促された長崎部長が、眼鏡をずり上げながら言った。 「無論、本来であれば今すぐ執刀すべきです。 しかし彼女……ソラの体の中には、DHRウイルスに犯されていながら細胞破壊が進まないという謎が隠されている。それを調べれば感染患者を根本的に救う何かに役立つかもしれない」 宇藤がスクリーンから目を逸らし、振り返った。 「治療法開発部ではどう見ます」 宇藤の言葉に、今年で70になる治療法開発部部長の重松が立ち上がる。 「血液検査ならもう終わりました」 「成果は」 宇藤が間髪を入れずに言う。 「直接的な成果にはまだ繋がっていませんが、データは取れたという意味です」 「それは、検査が終わったのではない。血液の採取が終わっただけでしょう。」 宇藤はそう言うと、自分より一回り以上年上の重松を睨んだ。 「それに必要なのは、血液検査じゃない。内臓内部の細胞の病理検査だ。なぜ肥大しないのか。どうやって破壊せずに保っているのか。それを内蔵ごと調べる必要がある」 「つまり……生きたまま解剖して調べるってことですか?」 坂本が手を挙げると、宇藤はこちらを睨んで言い放った。 「もちろんだ」 「―――それはさすがに惨いんじゃないすかね」 真壁が頭を掻きながらスクリーンに視線を戻す。 眠るソラの白い頭をまるでネコを撫でるように泉谷が撫でている。 「真壁。お前、何かを勘違いしてないか?あれはナキガラだぞ。お前の大事な仲間たちの命を奪ってきたナキガラだ」 宇藤は小鼻を引くつかせながら言った。 「いくら人の形をしていてももう人間じゃない。クイーンビー戦を忘れたのか?」 「!!」 一瞬で真壁の顔から温度が消える。 坂本は真壁に視線を送った後、宇藤を睨んだ。 「それでは所長は、ウイルス感染者が完治する可能性を完全に否定するということですか」 宇藤の視線が坂本に戻る。 「話を勝手に飛躍するな」 「だってそうでしょう。今この時点でソラを解剖により傷つけるということは、あらゆる可能性を殺すことと同義です」 宇藤が目を細める。 「ソラの今後の扱いはもっと慎重に行くべきだと考えます」 坂本も宇藤を真正面から睨んだ。 『ええと……。このままだと平行線ですので、どうでしょう。まずは通常通り内臓の損傷を最低限にとどめた病理検査をし、その結果でまた判断するというのは』 坂本が小刻みに頷き、宇藤が瞼を閉じた。 『心臓が動いている発症患者というのは異例中の異例ですので、何度でも会議を重ね判断は慎重に行きましょう』 スクリーンの映像が消されると同時に、会議室の照明がついた。 重い雰囲気の中、参加者が立ち上がり、各々に会議室を後にしていく。 「…………」 立ち上がろうとしない真壁の肩を坂本がポンポンと叩く。 やっと資料をまとめて立ち上がった真壁と、先導して歩き始めた坂本を、座ったままの宇藤が睨む。 「重松さん」 2人が会議室を出たのを確認すると、宇藤はくいくいと人差し指を曲げて呼びよせると、白髪に覆われた耳に口を寄せた。 「腎臓の一つを摘出して検査してください」 「え?だってさっき……」 「全ての責任は私が持ちます」 顔をしかめた重松に宇藤は笑った。
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