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私が住んでいるアパートから、道路を挟んで向かいの一戸建てに住んでいる家族。彼等について、私が知っていることはそう多くない。初めて彼等と顔を合わせたのは、引っ越してきた初日、荷物や家具をどうにか部屋に運び込んだ夕方になってからのことだった。土曜日だったこともあり、目の前の家から買い物に出る一家と偶然遭遇したのである。仲の良さそうな四十代くらいの夫婦と、美人な中学生の姉。その姉の手を引っ張ってにこにこと笑っている幼稚園くらいの弟。
幸せそうな彼等を見て、私の背筋にびびびび、と電撃のようなものが走った。
慌てて家を飛び出して、彼等を追いかけたのである。
「あ、あの!」
「?」
「きょ、今日そこのアパートに引っ越してきた、海老原舞美です。よ、よろしくお願いします!これ、つまらないものですが!!」
突然目の前のアパートから若い女が飛び出してきたので、一家も驚いたことだろう。私はご近所に配るつもりだったお菓子の袋を彼等に差し出すと、お出かけのところすみません!と頭を下げた。出かける前にこういうものを渡されても困るだろうというのはわかっていたが、それでもどうしても挨拶しておきたかったのである。
幸せの絶頂期。まさにそんな様子で、彼等の周辺はキラキラと光が散っているように見えるほどだった。ゆえに、多少不躾な訪問者にも気を悪くすることなく、奥さんは私の紙袋を受け取ってくれたのである。
「あら、そうなの。私達、そこの家に住んでいる遠藤って家のものです。あ、こっちが中学三年生の娘と、幼稚園の息子です。よろしくお願いしますね」
「よろしく、仲良くしてくれると嬉しいよ」
「ありがとうございます!」
奥さんも旦那さんも、感じの良い人だった。上品そうな娘さんもぺこりとおじぎをしてくれたし、幼稚園の弟に至ってはにこにこしながら“よろちくおねがいします!”と手を振ってくれたほどである。
素敵な一家と縁が持てた。私は嬉しくなって、何度も彼等にお礼を言ったのだった。
――ああ、いいなあ。幸せな家族。
正面の家ならば、アパートの窓から家の様子を観察するのも難しくないことだろう。彼等の幸せを、これから毎日ドキドキしながら観察させてもらおう。私はそう思ったのだった。
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