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姉の、弟への虐待行為はどんどんエスカレートしているようだった。
ある時は全裸のままスクワットさせて、その様子を笑っていたようだった。
ある時は自分で下半身を触らせて、それを写真に撮っていたようだった。
そしてある時は、お尻に指を入れて痛がらせるようなことまでしていたようだった。――本番行為がないとはいえ、やっていることは完全に性的虐待である。しかも、本人が逃げたり逆らったりすると顔やお尻を平手で叩くのである。あの仲睦まじそうにしていた姉弟が、まさかこのような状況になってしまうとは。
――いつかな。いつになるかな。
私はドキドキしながらその日を待った。Xデーがいつになるのかまでは、私にもまったく予想がつかないことであったからだ。
そして、ついに。
『何をしてるの!』
窓硝子越しでも、その絶叫は聞こえた。姉の想定よりも早く、母親が帰宅したのである。そして、部屋で小さな弟を全裸にして悪戯しているところを目撃されてしまう。
母親は声にならぬ声で叫ぶと、学習机の上にあったカッターナイフを持って姉に襲い掛かった。顔を切りつけられた姉は一瞬怯んだようだったが、どうやらそこで逃げ出すほど生易しい性格ではなかったらしく――彼女も彼女で彫刻刀を引っ張り出してくると、母親に応戦したのである。
そこからは、地獄の争いが始まった。
実はこの少し前から、夫婦の仲にも亀裂が入っていたらしく、リビングで言い争っているのを何度か私は目撃していたのである。旦那が浮気をしたと思い込んでいたのか、実際に浮気をしていたのか、あるいは仕事を理由にセックスレスにでもなっていたのか。それとも、弟の様子がおかしいせいで育児ノイローゼにでもなっていたのかもしれない。
いずれにせよ、母親のストレスもまたここで爆発したということなのだろう。姉は姉で、受験ノイローゼ(?)で苛々していたからこその弟への凶行と思われる。二人は手に手に武器を持ち、お互いを切ったり刺したりの修羅場を繰り返し始めたのだった。
――ああ、すごい!すごい!
私はドキドキしながら、何度も窓の向こうの様子にスマホのシャッターを切った。
――夢の中で見るより、ずっと面白いことになってる!ってことは、多分そろそろ……!
母と姉の様子にパニックになったらしく、弟は裸のままベランダに逃げ出していた。そして、そこから逃げようとして足を滑らせ――小さな体が、庭先へと落下していくのである。
痛い痛い、という泣き声が聞こえた。二階からの落下。即死ではなかったのだろう。そして、少しの後に父親が帰宅するのである。彼等は二階の窓に飛び散っている血と、庭に虫の息で倒れている息子を見て何を思うのか。想像するだけで、私の下腹部からぞくぞくとした愉悦が沸き起こってくるのである。
――きっと、旦那さん錯乱してるだろうな。狂っちゃうんだろうな。その様子、見せてくれないかな。
私は何度も、何度も、何度もスマホで惨劇の家を撮影した。幸せそうに見えた一家が、おぞましい形で崩壊した様を。
『最近どう?怖い夢とか見てない?』
――大丈夫よ、お母さん。私はもう、怖い夢なんか見てない。楽しい夢しか見てないもの!
何がきっかけだっただろう。友達が、ホームから落ちて電車に轢かれ、挽肉になる夢を見てしまったからだろうか。
怖い夢を、避ける方法はない。
それを防ぎたいならば、夢を見る前に変えなければいけない。
理解した瞬間、私は“諦めた”。どうせ変えられない運命で、私と家族には呪いがふりかからないなら。もうそういうものだと諦めて、面白いと思った方がずっとお得だと気づいたのだ。
――私のチカラは、人の運命を捻じ曲げること。幸せで、キラキラした相手であればあるほど真逆の方向に捻じ曲げられる。
そうなる条件はただ一つ。
私がその人物に、集団に、何かプレゼントを渡すこと。
そしてその人物や集団が、心から幸せな環境にいること。
成功すれば私は、彼等の末路を夢で見ることができる。それで、運命は確定される。ただしその日が“いつ”訪れるかはわからない。なので、実際に起きる悲劇を“観劇”したいのであれば、その日までずっと根気よく観察を続けなければいけないのだ。彼等の幸せが歪み、捻じれ、壊れるその日が来るのをドキドキしながら待つのである。
「最高……!」
かつては夢を怖がって避けていたが、今は違う。もう、あんなものを怖がるほど子供ではない。ちゃんと“楽しめる”くらい大人になったのだから。
「ごちそうさま」
スマホを下ろして、私はぺろりと唇を舐めた。今の私にとって、これ以上の娯楽などない。
「次の“幸せな人”、探さなくっちゃ」
さあ、今度新たに、壊れるのは。
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