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プロローグ
あれは私が小学生三年生の時だった。シングルマザーとして私を育ててくれた母親が再婚して、一つ年下の弟が出来たのだ。
新しい父は穏やかで優しい人。それに反して新しい弟はヤンチャなタイプの少年だった。
授業中にも先生に怒られている声が私の教室にまで響いてくる。そのたびに恥ずかしくなったが、廊下ですれ違うと必ず手を振ってくれたりするから、今まで一人っ子だった私は少し嬉しかった。
初めて出来た弟と距離が縮められたのは、彼の分け隔てない態度だと思う。
仲の良い家族……のはずだった。
時間が経つにつれ、彼の背が伸び、筋肉がつき、声が低くなり、可愛いかった彼の面影はなくなっていく。そのたびに私の心臓は驚くほど早く打ちつけ、呼吸が出来なくなっていった。
私の感情を決定付けたのは、高校三年生の夏の出来事だった。
部活で帰りが遅くなった私は、駅の構内でキスをしているカップルを目撃した。女の子は嬉しそうにはにかみ、男の子は彼女の髪に優しく触れる。
横顔を見た私は呼吸を忘れ、頬からは涙がこぼれた。
それは紛れもなく、弟の恵介だったのだ。
私は居ても立っても居られず、踵を返して走り出す。その時になってようやく理解した。
私は恵介が好きなんだって……。
でもこの想いが実ることはない。むしろ今みたいな感情に一生悩まされるのかもしれない……そんなこと耐えられないよ……。
私は地方の大学に進学し、そのまま就職もした。極力家には帰らない選択をしたかった。だって恵介を前にしたら、私はきっと泣いてしまう。悲観的な未来に押し潰されてしまうに違いない……。
それなら会わなければいい。いつかこの感情を忘れられるまで、絶対に家には帰らない……。
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