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恵介は瑞穂の体に合いそうな下着や服を買い込み、再びホテルに戻ってきた。
エレベーターのドアが閉まると、様々な感情が湧き起こる。怒りの占める割合が大きかったが、それ以外にも悲しみや、安堵、そして瑞穂への愛しさが胸いっぱいに広がっていた。
瑞穂の弟になってから、姉となった瑞穂の危なっかしさにヒヤヒヤしながら、彼女を守るのは俺に与えられた使命なのだと思うようになっていった。
どこか天然で、頼まれごとはつい引き受けてしまう。騙されていると知らずにほいほい男について行きそうになったこともあるし、自称友人だという奴らに奢らされている場面に遭遇したこともあった。そのたびに瑞穂を救い出してきたのは、紛れもなく恵介だったのだ。
ただいつしか大人になるにつれ、それ以上の感情を抱いていることに気付く。それは決して抱いてはいけないもの、口にすれば家族間を壊しかねない。
だからずっと胸にしまってきた。瑞穂を忘れるために、彼女に似た人と付き合ったりもした。それなのに、どうしたって瑞穂と比べてしまうんだ。そして瑞穂を愛していると自覚させられた。
瑞穂が家を出た時は、正直ホッとした。でも家に瑞穂がいないだけで、空虚感に苛まれた。ぽっかりと空いてしまったその場所を埋められるのは、瑞穂以外の何者でもないのだと知った。
結婚をすると報告が来たのが一年前、だがそれ以降音沙汰が全くなかった。独身の時以上に連絡が途絶えてしまったのだ。
そのことを心配した母親が、
「瑞穂、何かあったんじゃないかしら……」
と言い出した。
ちょうどテレビで夫が妻を刺し殺したというニュースが流れていたからかもしれない。たまたま仕事で名古屋に行くことになった俺が様子を見に行くことになったわけだ。
もう十年か……あの頃みたいにふんわりとした笑顔で俺に笑いかけてくれるだろうか。あの甘ったるい声で名前を呼んでくれるだろうか。そんな期待をしつつ、インターホンの呼び鈴を押した。
しかし恵介の眼の前に現れたのは、驚くほど痩せ細り、生気のない瞳、何かに怯えるように震える体を守るかのように縮こまる瑞穂だった。
わざと居留守を使おうとしていたし、この暑さの中で長袖を着ていた。その姿を見て、恵介はすぐに察する。
まさか瑞穂がDVの被害に遭っていただなんて思いもしなかった。母さんには虫の知らせのようなものが届いたということは、やはり実の親子だからこそなんだろうな。
たまたまDV案件を担当したことがあり、恵介の頭の中にはDVに関する知識があった。それらの特徴のいずれもが、瑞穂がDV被害者であることを物語っていたのだ。
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