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 瑞穂(みずほ)は時計の針を見ながら、早まる心拍数と高まる不安の中、ソファに座ったまま小さくうずくまっていた。  八時三十分。あの人が帰ってくるまであと五分……今日は何もありませんように……。大丈夫、何も失敗してないはずよ……。  両腕を摩りながら、そう自分に言い聞かせる。  その時ドアが開く音がして、慌てて玄関に向かう。するとドアの前には疲れた顔をした夫の崇文(たかふみ)が立っており、瑞穂の顔を見ようともせずに靴を脱いでいるところだった。 「おかえりなさい。今夕食の準備をするわね」 「ああ、そうしてくれ」  瑞穂が頷いてキッチンへ行こうとした時だった。 「おい、これはなんだ?」  瑞穂が体がビクッと震える。恐る恐る振り返ると、崇文が不愉快そうに下駄箱の上に置かれた一輪のバラの花を指差していた。 「あっ……あの……前の家の武田さんがくださったの。お庭にたくさん咲いているからって……」  眉間に皺を寄せながら説明をしていると、崇文に睨まれ口を閉ざした。 「瑞穂。俺は生の花の匂いが嫌いだって知ってるよな」 「ご、ごめんなさい! あの……せっかく武田さんがくださったから……」 「もういい。疲れているんだ。早いところ処分してくれ」 「……わかったわ」  崇文が書斎に入っていくのを見届けてから、瑞穂はバラの花を手に取った。  花に罪はない。でもあの人が嫌だと言ったらそれは絶対的なもの。従わなければならない。だってこの家は彼のもので、私を含めこの家の全てが彼の収入で成り立っている。私は何も出来ない役立たずなんだから。  キッチンのゴミ箱にバラを捨てると、瑞穂は胸が痛んだ。ごめんなさい……本当にごめんなさい……私には何も出来ないの……。
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