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恵介は窓の外できちんと靴を脱いでおり、瑞穂のそばに立ったまま部屋の中を見回す。
「ふーん……まぁ普通の家じゃん」
「ど……どうして恵介がここにいるの?」
「ん? 仕事のついで。母さんが瑞穂の様子を見てきてくれって。もう十年だよ。そりゃ母さんだって心配するよ」
「そ、そうよね……ごめんなさい……。あの、そうじゃなくて……家の場所なんて……」
「あのね、住所がわかればアプリで空からだって見られる時代だよ。年賀状に書いてあっただろ?」
「……年賀状……」
家族宛に毎年送っていたものだったが、名古屋と東京だし、まさか誰かが来るとは思わなかった。
「結婚の挨拶だって俺がいない日を選ぶし、式はやらなかったし。義理のお兄さんに会ったのって結納の日の一度きりだよ。おかしな話じゃないか?」
「そ、そうよね……ごめんなさい……」
瑞穂は両手で体を抱きしめて俯いた。恵介の顔を見ないように……見透かされてしまわないように、ぎゅっと目を瞑る。
「瑞穂? 具合でも悪いの?」
恵介が瑞穂の肩に触れた瞬間、彼女は体を大きく震わせ後ずさる。表情は恐怖に怯え、眉間に皺ん寄せながらもなんとか笑顔を作ろうとする。
「い、いきなりだからびっくりしちゃった……。急に触らないでくれる……?」
恵介は口を閉ざし、瑞穂の様子を窺っていた。どうしよう……あの瞳が怖いの……。
慌てて恵介に背を向けると、キッチンへと逃げ込んだ。
「あの……仕事は大丈夫なの? 顔は見たし、お母さんには元気だって伝えてくれる?」
「仕事は平気。今日は前乗りしただけだから、一日フリーなんだ」
「そう……なの……」
恵介は何が言いたいの? わからないから怖い。早く帰ってほしい。じゃないと家事が出来なくて、またあの人に怒られちゃう……。
「お義兄さんは?」
「仕事よ。いつも九時前には帰ってくるかな……」
「ふーん。ねぇ、アイスコーヒーとかある? なければ麦茶とかでもいいけど」
「アイスコーヒーなら……待ってて」
瑞穂が言うと、恵介はダイニングテーブルの椅子に腰掛け、カウンター越しに瑞穂を見つめていた。
そういえば実家にいる時も、こうしてカウンター越しに会話したな……。あの頃は牛乳をちょうだいなんて言われて、グラスを渡す時に触れる指にドキドキした。
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