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「君はありのままの君でいいんだよ」 少し肌寒い夜に包まれながらベンチに座っていたあなたはそう言ってくれた。 でも私は目の前の夜景とは違い少し沈んだ気持ちのままあなたの方は見なかった。 「よく言うよね。曲の歌詞とかでも、ありのままで良いとかありのままの自分を愛せとか。――でも私は、自分の事が嫌い。だからありのままが嫌なの」 「誰だって自分の嫌いなところはあるよ」 「そうじゃなくて。自分のこんなとこが嫌いとかじゃなくて。私、昔から自己嫌悪が強いから。その所為で自信もないし……」 するとあなたは突然、吹き出すように笑った。 思わず私は夜景からその横顔へ視線を向ける。 「ごめん、ごめん。ちょっと告白した時の事、思い出しちゃって。――あの時も、私なんかって言ってたよね。あなたの思ってるような人じゃないとかもっといい人がいるとか」 「だって本当にそう思ってたんだもん。すぐに別れるかもって。私もちょっと気になってたからそうなったら悲しいし」 「君は自己評価がかなり下手っていうか厳しいみたいだね。ほら、その証拠に」 あなたは見てみろと言うように両手を広げた。 「まだ続いてるし、僕はまだ好きだよ。全然、嫌にならないしむしろより一層好きになってる」 つい面映ゆさに頬が熱くなり私は顔を逸らした。 「結局、僕らは自分から逃げられないんだよ。どれだけ嫌いでも離れられないからどうにかやるしかない。それにありのままの自分でいいっていうのは別に自分の事を百パーセント好きになれってことじゃないと思うよ。嫌いなとこもあっていいけど好きと嫌いが混じった自分を認めようってことじゃないかな。でも六割ぐらいは好きだった方が良いかもね」 私は一体、自分の何割が好きなんだろう。そう考えたけどすぐに止めた。 「そうだ」 少し弾んだ声でそう言うとあなたは私のすぐ隣まで寄ってきた。 そして私の顔へ手を伸ばし自分の方へ向けさせた。 「なら交換しよう」 「交換?」 「そう。僕が君の代わりに君のありのままを愛してあげる。だから君は僕のありのままを代わりに愛して。どう?」 「どうって……」 「これからはもし自分の事が嫌になったら僕を思い出して。そこには君のありのままへの愛があるから」 「んー。ちょっと分かんないかなぁ」 「そうかー。まぁでも僕はいつでも君の全てを愛してるっていうのを覚えててくれればいいかな」 私はそう答えはしたけど、私を真っすぐ見つめるあなたの瞳を見て――そこに映る自分を見て、少しだけ自分の事が好きになっていた。私の愛する人が愛してる自分を少しぐらいやるじゃんって思えていた。
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