1人が本棚に入れています
本棚に追加
伊原君は自転車にまたがり一漕ぎすると片手を上げて「じゃあなー」と言っただけだった。嫌がらせや私を馬鹿にしてくる様な事は何もしてこなかった。
と思っていたが、まだ伊原君の背中が私から見えるところで自転車を止めるとグルリと回って引き返してきた。
何か忘れ物をしたのか最後に我慢していたムカムカが抑えられなくなって私に何かしに帰って来たのかわからないが伊原君は私の前で自転車を止めた。
「お、お前親でも待ってんの?」
「え、ううん」
「歩き?自転車?」
「自転車だけど」
「じゃ、じゃあこんな夜道、女が1人で帰るのも危ねえし。い、家まで送って行ってやろうか」
一緒に帰ると見せかけてどんな事をして来るのか想像もつかないが、私は引き返して来てまで最後に何か嫌がらせをしようとする伊原君の腹黒さに思わず絶句した。
でもここで返事を誤ると更にひどい事をされるかも知れない。
「だ、大丈夫。ゆず君待ってるから…」
「ゆずって、あのロン毛の?」
「……うん」
「え、お前ら付き合ってんの?」
「付き合ってないよ!!!」
それだけは疑われてはいけない、そんな勘違いが学校に広がればどれほどゆず君に迷惑がかかるかわからない。
「本当に付き合ってないの?」
「本当に付き合ってない!」
「本当の本当?」
「本当の本当!今日初めて喋ったんだから」
「そっか、じゃあいいや。あいつ前、揉めた時に俺の事おもいっきり蹴りやがったからなあ…」
伊原君は空を眺めながらついこぼれたようにそう言った。
「まあ俺は帰るわ。また明日な河合」
自転車を立ちながら漕いで伊原君は猛スピードで帰っていった。
ちょうどその時ゆず君が帰ってきた。
「やっぱり!自転車にさしたままだった」
「もう、しっかりしてよー」
私とゆず君は顔を合わせて笑った。
普通の人になれたような気がした。
最初のコメントを投稿しよう!