昔々…

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「ほら。何も持ってねえぞ」 「うぅ~、ごめんなさいぃ……」 「何をそんな(おび)えてんだ」 「おじさまは私をゴツンと殴るんでしょう! この前やったじゃないですか!」 「え? あ? 何の話だ?」  娘は小さな拳を握って殴る真似をした。狩人は首を傾げる。自分はこの娘、白雪姫を殴ったことなど無い。仮にもお姫様にそんな無礼を行う奴なんているわけが、わけが……あった。 「分かったぞ。うちのジジイだそれは」 「ジジイ?」 「爺さんだよ。老いぼれは姫様だろうが容赦ねえからな。今みたいに森で遊んでて怒られたんだろ? 俺も昔よく殴られたわゴチーンてな」  狩人が拳を振り下ろす動作をすると、白雪姫は表情を輝かせた。 「そう! そうです! 上からこうやって頭をやられたんですよ! とっても痛かったんです!!」 「よーく分かるぞ。でもなあ、森の中は危ねぇから」  狩人はバツが悪く目を泳がせた。森の中には熊や猪や他にも危険な獣が沢山生息している。それ以外にも妖精やら魔女やら人間も住み着いていて、素人が一人で足を踏み入れるのは自殺行為でしかない。  その中に名を連ねる最も身近な危険が“狩人の祖父”だった。彼の祖父は老いもあって腕が落ち、既に狩りを引退している。それでも時々、趣味だと言って銃を片手に森に入ることがあった。  狩人の狩場は大体決まっていて、皆寄らないよう気を付けているが、姫様はそうもいかない。知らずに狩場に飛び出て、腕の落ちた祖父に誤射でもされたら一族は終わりだった。祖父もそれを気にして姫様を叱ったのだろうが、そもそも祖父が大人しく家にいれば話は終わる。だが、そうもいかないのだろう。現役の狩人にもその気持ちが分かるだけに禁止するのも(はばか)られるのだった。 「で。俺がお前を探してたのは他に話があってな」 「はい。何でしょうか?」  白雪姫は無防備に首を傾げた。王家の人間がこんな森の中で護衛も付けずに一般人と言葉を交わすなんて普通じゃない。これも新しい女王のせいだ……。と、狩人は苦々しい想いを胸に押し込め真剣な顔を作った。 「実は、女王様がお前を……国から追い出そうとしてる」 「どういうことですか?」  狩人は女王から白雪姫を殺すように命じられた。その場は渋々頷いたが、気が狂っているとしか思えなかった。一体女王は何を勘違いしているのだろうか。狩人は人を狩るわけではないし好んで殺生しているのでもない。狩人は女王の傲慢な態度を思い出して苛つきながら、白雪姫に今後のことを説明した。  女王から身を隠すためしばらく森の中にいて欲しいということ。適当な小屋があるのでそこで過ごしてもらうこと。衣食住は何とかするから大人しくしていて欲しいことなどを伝えると、白雪姫は素直に頷いた。狩人はほっとした。  狩人を含む彼ら国民は新しい女王を快く思っていない。今の女王は、ごく一般的な民から選ばれて王の後妻になった。それなのに今や国の全てを掌握し、権力を縦にしている。  正当な後継者である白雪姫を次期女王にすべく時を待ちわびていたのだが、今はそんな悠長なことを言っている暇はなさそうだった。死んでしまえば全て終わる。  狩人は何としても白雪姫を守るつもりだった。彼女が女王になれる19歳まで匿うか、共に隣国へ向かうか。とにかく今は女王の目から隠すしかない。 「……女王には、姫様は崖から転落したと伝える。窮屈かもしれないが少し大人しくしていてくれ」 「ですが。どうして新しいお母さまはそんなことを」  白雪姫は白い頬に手を添えた。本当に分からない様子で眉を寄せる。狩人はそんな彼女の姿に不安を覚えた。白雪姫は新しい母のことをただの新しい母としか思っていない。恨まれているだとか嫌われているだとかそんなことは微塵も考えないのだ。女王の行為の意味が本気で分からずに彼女は悩んでいる。何の意味があるのかしら? そうやって目を丸くしているだけなのだ。  狩人は首を振って気を取り直した。白雪姫を連れたって小屋へ向かう。
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