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一人目
兵士は困り果てていた。
彼を含む小隊は突然隣国へ呼び出された。王子の命であれば仕方ない。予定していた訓練を中止して、急ぎ駆け付けたのだが……。今は森の中、一小隊が馬も使わず歩き回っている状態だった。
白い肌の美しい少女を探し出して殺すこと、それが彼らに下された命令だった。分隊長でもある彼は、他の兵士のためにも理由を問いかけたが分からず仕舞いだった。
理由も分からず少女を殺せと命じられても士気が上がるわけもない。おまけに遺体を持ち帰れとも言われている。聡明な王子が何故こんな真似をするのか気味が悪いばかりだった。魔女に拐かされたのでは? 誰かが言った。そうに違いない。誰かが頷く。兵士も、僅かに頷いてしまった。
獣以外見つけられないまま時間が過ぎていった。森の奥へ足を踏み入れるのは抵抗があったが、少女が見つからない以上そうするしかなかった。入り口ばかりを練り歩いても埒が明かない。
どれくらい探していただろうか。散開していた別の兵士が死角から現れて、危うく悲鳴を上げるところだった。
「み、見つけました。恐らく彼女だと思われます」
「本当か!?」
「はい。この先にある小屋に潜伏しているようです」
「小屋?」
潜伏、という言い方に可笑しさを感じたがそれどころではない。命を奪うかはともかくとして、すぐにでも少女の正体を知りたかった。しかし別の兵士は表情を曇らせる。
「ええ。……恐らく小人が住んでいるものと」
「それは、厄介だな」
小人。小人は妖精の一種だ。人ならざる者と関わるのは避けたい。彼らを怒らせれば国一つくらいは簡単に潰えてしまう。兵士のかつての上官も、“会話しようなどと思うな”と言っていたくらいだ。腫物には触れないのが正解だろう。
王子には報告せず少女と接触することにした。別隊にもその旨伝え、最低限の人数を残して後は一旦森から出すことに決めた。大勢で森に居続けるのは危険だ。現に、体調を崩した者が何人かいる。彼らは“仮面の男”に会ったらしい。よく分からないが不気味だ。
とりあえず遠目から小屋の観察をする。二人で交代しながら見張っているが少女が出てくる気配はない。今日は諦めて明日また来ることに決めた。
そうして翌日。朝から見張りを続けていると、小人たちが列を成して小屋から出て行くのを目撃した。ぞろぞろと、七人。少女は出て来ない。まさか既に殺されてしまったのだろうか。それならそれで、遺体を持ち帰るだけでいいのだから気楽だった。兵士は控えている別の兵士に声を掛けた。
「中を見るべきだと思うか?」
「そうですね。今がチャンスですよ。でも、昨晩のうちにいなくなっている可能性もありますけど」
「俺が行くしかない……か?」
兵士は期待しながら横目で隣の兵士を窺うが、彼は小屋の方を見つめるばかりだった。
「僕は嫌ですよ」
「だよなぁ」
兵士は素早く鎧を脱ぎ捨てて軽装になった。剣も置いて、深呼吸をする。
「下手に刺激したくないからこれで行く。何かあったら頼むぞ」
「了解です」
「迷子のふりでいいかな?」
「商人の真似でもしたらどうですか? これ、うちの娘から貰ったんですけど」
言って、その兵士は一本の紐を取り出した。絹の糸を合わせて作られているらしい上質なものだ。
兵士は受け取った紐を両手で軽く引っ張ってみる。力強い手応えがあった。丈夫そうだ。
「何に使うんだこれは」
「さあ? 娘が使うものじゃないんですか? あ、髪留めとか」
「それだ」
紐とは都合が良い。隙を突けば首を絞められるし隠すのも簡単だ。丸腰の兵士には、紐一本でも心強かった。
「何でこんな物持ってるんだ?」
「だから、娘から貰ったんですよ。色が気に入らないらしくて。これが終わったら他の土産を買って帰ります」
「それがいい」
真っ赤な紐だ。兵士は、女は赤が好きなものと思っていたので、少しぎくっとした。女に物を贈る時は気を付けようと心に留める。
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