運命の日

2/3
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
 彼女の名前は田原智子。都内の会社で働く傍ら作家を目指す、今年25歳になる女性である。  小学生の頃から本の虫と呼ばれ、学校の教室よりも図書室で過ごす時間の方が多かった彼女にとっては、本を読むことは呼吸をするも同じであった。そんな智子にとって、数多の面白い作品を生み出す作家は憧れの存在であり、自分でも作品を書きたいと思うようになることは必然でもあった。  中学生の頃から細々と小説を書き続けた。年齢を重ねるごとに課外活動が忙しくなり、書く時間は減っていったけれど、それでも執筆を止めたいとは思わず、将来は漠然と作家になるのだろうと考えていた。  だが、智子がそんな幻想を抱いていたのも大学3年生までだ。就職が現実的な問題として浮上する中で、作家になりたいという智子の思いは徐々に影を潜めていった。  小説を書きたい気持ちがなくなったわけではない。ただ、親やゼミの先生に向かって、作家を目指すと公言するほどの勇気はなかった。理由は簡単。返ってくる答えが決まっているからだ。現実的ではない、と。  智子自身、周りの反対を押し切ってまで作家を目指すほどの気概はなかったから、普通に就職する道を選んだ。幸い、複数の会社から内定をもらえ、一番条件のよかった現在の会社に就職を決めた。   社会人になってからも生活に大きな不満はなかった。仕事は難しくなく、人間関係で悩まされることもなかった。学生時代の友人から仕事の愚痴を聞かされる中で、大きな悩みもなく仕事を続けていられる自分は恵まれていると実感した。せっかくいい会社に入れたことだし、与えられた環境で頑張っていこう。最初の頃はそう思っていた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!