運命の日

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 そんな智子の決意が揺らぎ始めたのは、入社して半年が過ぎた頃だった。  仕事にも慣れ、大抵のことを1人で出来るようになる中で、智子は少しずつ生活に物足りなさを感じるようになっていた。職場と家の往復の日々を繰り返す中で、智子はふと考えてしまったのだ。今の生活を続けたところで、自分は変わり映えのしない人生を送るだけではないか、と。  小説のことが頭をもたげたのはそんな時だった。押し入れにしまい込んでいた過去の作品を引っ張り出し、読み返してみる。文章の稚拙さと展開の支離滅裂さに苦笑しながらも、それを書いた当時の記憶が智子の脳裏に蘇ってきた。 あの時抱いた高揚感を、智子は頭から追いやることができなかった。  それからの行動は早かった。パソコンを起動してwordを立ち上げる。題材を考えているうちにアイディアがどんどん浮かんできて、気がつくと智子は夢中になってキーを叩いていた。  一心不乱に書き続け、ふと気がついて顔を上げると外が暗くなっていた。3時間ほどぶっ続けで書いていたようだ。そんなに集中したのは久しぶりだったので驚いたが、不思議と時間を空費した感覚はなく、むしろ心地よい疲労が身体を包み込んでいた。  書いたものをあらためて読み返してみると、学生の時に書いたものよりも各段に文章力が上がっている。市販の作品と比べでも遜色のない出来映えに思えた。 『私……才能あるんじゃない?』  かつて智子の心を燃やした情熱が蘇った瞬間だった。
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