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情熱と失意
それ以来、智子は休日には欠かさず小説を書くようになった。平日でも小説のアイディアを考え、それを文章に出来る日を心待ちにした。
それは恋人と過ごすような濃密な時間だった。執筆をしたいと思えば、休日でも自然と早く起きることが出来た。少しでも長く物語の中で過ごしたくて、食事や家事を手早く済ませてはパソコンの前にすっ飛んでいった。夕方、日常に戻る時間が来ると途端に寂しい気持ちに襲われ、次に書ける日を指折り数えて待ち焦がれた。
それほど執筆に夢中になった智子が、再び作家を目指したいと考えるようになるのに時間はかからなかった。
もちろん最初はためらいがあった。作家を志望する人は数多くいれど、それで食べていける人間はほんの一握り。今の恵まれた環境を捨ててまで、リスクのある選択をするべきではないと言う自分がいなかったわけではない。
それでも智子は、せっかく再燃した自分の想いを無下にすることは出来ず、新人賞に応募することを決意した。執筆を再開してからちょうど1年がたった頃だった。
以来、智子は他の時間を極力廃して執筆に専念した。友達からの誘いも断り、遊ぶ時間は減ったが、それでも不満は感じなかった。自分は夢に向かって躍進しているのだという感覚が、智子にいつにない活力を与えていた。
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