4人が本棚に入れています
本棚に追加
共に歩んで
その後、他愛もない話を2時間ほど続けてから2人は店を出た。栄子は葵の最寄り駅まで見送りに来てくれた。
「今日は付き合ってくれてありがとね、栄子。昔のこといろいろ聞いちゃったけど、嫌な気持ちにならなかった?」葵が尋ねた。
「全然。むしろ自分と同じような人の話聞けて楽しかったよ。それに葵が変わってないってわかって安心できたし」栄子が歯を見せて笑った。
「あたしが変わってない? どういうこと?」
「葵、あたしが美大行く前から、よくあたしの書いた漫画読んでくれたでしょ? あたし、平気そうな顔してたけど、本当はものすごく緊張してたんだよ。でも葵にだったら安心して見せられた。だって葵は、絶対あたしを否定しないってわかってたから」
栄子はへへ、と鼻の下を掻いて笑う。葵は目をぱちくりさせてその顔を見返した。自分はただ、同い年なのに漫画が書ける栄子をすごいと思っていただけだ。だが、栄子はそんな自分の中に安心感を見出してくれていた。そうか、こんな自分でも、栄子の支えになっていたのか――。胸の内に暖かいものが広がっていくのを感じながら、葵は手を振って栄子と別れた。
電車に乗って座席を確保すると、葵は鞄からスマホを取り出した。いつものように小説投稿サイトを開くと通知が1件来ていた。『原田素子』――智子のペンネームだ――が新作を公開したらしい。さっそく読もうと作者名をタップし、作品一覧が表示されたところで葵はあることに気づいた。智子が最初に投稿した長編。そこに星マークが付いていたのだ。
『社会人なら誰でも感じるような悩みが描かれていて、とても共感できました! あまり読まれていないけどお勧めです!』
それが『レビュー』というものであることに思い至った時、雲間から光芒が差すような暖かみが葵の胸の内に広がっていった。とてもシンプルな感想だけれど、それでもこの短い言葉が、智子の心にどれほどの光をもたらすかは想像に難くない。栄子が言っていたのはこのことなのだろう。誰か1人でも作品を読んでくれる人がいれば、それを支えとして書き続けることができる。創作活動は孤独だけれど、そこに読者の存在を感じられれば、それはもはや孤独な活動ではない。
葵は口元を緩めると、最新作の短編を読み始めた。この作品を読み終えたら、自分も感想を書くことにしよう。作家じゃないから、気の利いた文章は書けないけれど、それでも誰かが作品を読んで、時間を割いて感想を書いてくれたという事実は、きっと智子の心に灯りを灯すはずだ。智子の友人として、そして原田素子のファンとして、葵は彼女を応援し続けようと決めた。
それは葵の中に始めて生まれた夢であり、代わり映えのしない彼女の人生にも、仄かな光を灯してくれるものだった。
最初のコメントを投稿しよう!