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「お気持ちはお察し致しますが、お目覚め下さい」
「ん~」
私はベッド際から窓際へと移動するとカーテンに手を伸ばした。
「本日も大変気持ちの好い朝ですよ」
言葉に合わせるようにゆっくりとカーテンを開き、朝日を部屋へ招き入れた。意気揚々とやってきた朝日は床や棚、ベッドとそれからお坊ちゃまを祝福するように照らし私の手助けをしてくれる。薄暗さに紛れお坊ちゃまを誘惑する睡魔を神々しき朝日が暗闇の最奥へ追いやり、その隙にベッド際へ戻った私は陰翳に潜るお坊ちゃまへ光の温かさをお教えした。夢世界には無い五感で見る光。
「さぁ。お坊ちゃま」
寝ぼけ眼を擦りながら起き上がるお坊ちゃまに合わせ羽毛布団を大きく捲りベッドから足を出しやすくした。そして放り出された両足に片一方ずつ履物を履いてもらう。
だがその時、まだ半分ほど眠ったままそよ風に吹かれる花のように前後に揺れていたお坊ちゃまの体が後方に戻らず前進し続けた。もう片方の小さな足を手に取っていた私は視界端でそれを確認すると、履物を手にしたまま素早く、だがその瞬間は何よりも丁寧にそのお体を受け止めた。
私の腕の中でゆっくりと再度、目を覚ますお坊ちゃま。
「おはようございます。まずは目を覚ましてしまいましょうか」
「ぅん」
お坊ちゃまから離れもう片方の足へ履物を履いてもらうと私は手を差し出した。まるでダンスのお誘いをするように手を差し出したが当然ながらそう言う意味ではない。手を握ったお坊ちゃまがベッドから床に下りると私は立ち上がり、歩き出したお坊ちゃまの後に続く。
【だがフィンリー様は、アーサー様がまだ十も行かぬうちに不慮の事故によりオフィーリア様の後を追う形になってしまった。当然、暗殺などの噂も広く囁かれたがそれを裏付ける証拠もなければ不審な点もない。それらの点からまだ幼いアーサー様を残し当主不在となったウォランス家に代わりフィンリー様の姉君でありキャルティック家の現当主アティカス・キャルティック様の奥様でもあるクロエ・キャルティック様が公式に声明を出しこの件に終止符を打った】
まずはお顔を洗う。洗面台へ行かれるとそこに置かれている台の上に乗りお坊ちゃまはお顔を洗われる。その間に私はタオルを用意し、それが終われば透かさず差し出すのだ。
洗顔を終えると私はタオルを持って一度キッチンへ戻り温かいミルクを部屋へお運びする。
「お坊ちゃま、どうぞ」
「ありがとう」
すぐに飲める程度の熱さでお渡しするのが鉄則だ。カップが空になるとお坊ちゃまのお着換えのお手伝いをする。
そしてそれが済むとお坊ちゃまをダイニングへとお連れし、朝食の時間。私は残りの準備を手早く済ませ給仕をする。以前まではお坊ちゃまに起床いただく前に済ませていたのだが、お坊ちゃまのご希望により今ではご一緒にお食事させていただいているのだ。
この時にも私には大事な役目がある。それは、
「お坊ちゃま。あまり音を立ててはいけませんよ」
お坊ちゃまへテーブルマナーを覚えていただくこと。
「お坊ちゃま。お食事中にフォークやナイフを置く場合はお皿の上へ斜めに向けて置いてください。それとお飲み物を飲まれる際はフォークを一度置いてからですよ」
ウォランス家の当主ともなれば実に様々な方とお食事をする機会がある。その際にウォランス家の――何よりお坊ちゃま自身の為にもこれは身に着けておかなければならない事だ。故に何度でもお声を掛け覚えていただく。
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