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 夕方になると武道の先生がお見えなり私も一緒に武道場へ(先生が来られない日は僭越ながら私がお相手をさせて頂く)。基本的に武道のお勉強には私も参加させてもらってる。武内先生はお年こそ召していらっしゃるが、武の腕は相当なもの。基本的には先生が直接指導されるのだが、私がお坊ちゃまのお相手をさせて頂き先生がそれを見ながらご指導される場合もある。  先生に何度倒されても立ち上がり武に取り組むお坊ちゃまの姿はとても勇敢なものだ。 「真琴。こっちへ」  息の上がったお坊ちゃまへ水分補給とタオルを渡していた時だった。先生はそう仰られ自分の目の前へ私を呼んだ。それに従い先生の前へ足を運ぶ。 「ひとつ。手合わせをしよう」 「ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」  私は深く頭を下げた。  時折、先生は直接私へご指導くださる時がある。先生のような武を磨き上げている方とお手合わせ出来るのはとても喜ばしい事だ。    頭を上げると私は手早く構え、先生もゆっくりと身構えた。  お互いにピクリとも動かなかったが既に始まっている事は分かる。流石、という言葉以外見つからないほどに隙が無い。何も起きぬまま秒針だけが歩みを進めていく。  すると先生が(気を使ってくれたのか)先に動き始めた。その一突き、一振り。全てが力強く、鋭く、切れがある。少しでも気を抜けばガードをすり抜け私の体へ己の甘さを痛みとして伝えるだろう。  私は先生の動きの全てに集中した。  だが当然ながら私も受け身ばかりではない。それは失礼というものだ。例え些細な隙だとしても見逃ささず、確実に利用出来るようにしなければならない。実践ではその小さな要因でさえ勝敗を分けるのだから。つまり生死が掛かってる。  しかしながら先生はとてもお年を召しているとは思えない反射速度で私の反撃を的確に防いでいく。それでいて透かさず反撃を試みるのだから頭が上がらない。  そしてそれは私の拳と先生の拳が同時に互いの眼前で寸止めとなったところで終わった。私は体に両手を着け最初同様に深く頭を下げる。 「ありがとうございました」 「こちらこそ。あなたにはいつも驚かされる。まだ若いという事を差し引いても驚異的だ。余程、良い師に教えを貰ったと見える」 「いえ。先生には敵いません。先生のご尽力によりお坊ちゃまは日に日に逞しくなられております」 「それは喜ばしい限りというもの。――ではアーサー様。また次回までに鍛錬を怠らぬようお願いいたします。とはいえ、彼女が付いているので心配はないかと思いますが」  先生がそう言うとお坊ちゃまは立ち上がり私同様に頭を下げた。 「ありがとうございました」  それに対して先生も頭を下げて返す。 「こちらこそ。では私はこれで」 「ありがとうございました」  私は最後に深く頭を下げた。
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