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06 第三世界
「すまんな、呼びたてるようなことをして。しかし、事態は今最悪だ。急を要するのをどうか理解してほしい」
大人の都合ですまない、と男は言った。
男は名前を佐藤と言った。国家機密組織の世界的諜報機関に属しているのだと言う。真偽は定かでない。
「この間、三日前か。ここで会ったのを覚えているかね」
男の誘導通り、僕はプール施設の中に入っている。ちょうどプールサイドの所までやってきて、男が止まって煙草に火を点けるのを一通り見ていたところだった。
「覚えています」
「そのことを誰かに話したことは」
「話していません」
「誰にも」
「誰とも」
「いえ、」
ややあって、続ける。
「瀬都奈とは話をしました。明星瀬都奈とはその日のことを話ました」
「なるほど」
男は「そうか、それなら良いんだが」と煙草を咥え、煙を狼煙のようにしている。灰を携帯灰皿で処理してから二本目をまたふかす。
「最悪というのは、明星が姿を消したことだ。急を要すると言うのは、このままだと取り返しがつかなくなるということだ。手出しできなくなる。ミサイル事件ごと塗り替えられてしまう。それは我々、つまり現代を生きる人間にとって都合の悪いことだ。今すぐにでも明星を連れ戻し、あのミサイルをなかったことにしなければならない」
「えっ。なかった事に?」
どういうことだろうか。素直に分からない。
「いいか。覚悟を決めて聞いてほしい。明星を、あの少女を殺すんだ」
佐藤と名乗る男は拳銃を取り出し、こちらへ向けた。僕はただただ絶句した。
※ ※ ※
いつだって正義は現実に押し負ける。語れば青臭く、理想的だと鼻で笑われる。しかし、理不尽や不条理がまかり通り、それが世の中だと言われると反抗したくなるのはいつの時代も同じだ。
お偉いさんの理屈はこうだ。
明星瀬都奈は2052年からタイムマシンによって過去へ時間遡行し、地球外知的生命体からの攻撃から守り未来を変えるために2019年、本年の七月に来米。攻撃は現実世界、ネット世界とは異なる第三の世界なるところから開始してきたと言う。理屈も法律も科学も理解も超えた攻撃というのは、初めは信憑性・信頼性共に皆無で相手にすらしていなかったが、二週間後に現実世界の都市名機密箇所で被弾。ネット世界ではダークウェブ内部で続々敗戦。被害が出てしまっては仕方がない。瀬都奈の自己紹介を呑み込み、これまで要求に従ってきたという。しかし、相手の姿が見えないこと。超常的事象の全てに明星瀬都奈が関わっていることは確かだという事実から、愚かにも攻撃して来た侵略者は瀬都奈本人だという結論を導き出した。平成現代から敵認定を受けた瀬都奈は追われるままに姿を消した。しかし、謎の超常的第三世界からの攻撃が無くなることはなく、ネット世界を中心に悲鳴を上げていたという。そして八月最終日。後に平成最後となる夏休み最終日の夜。日本国における北の主要都市にその姿を見せた。同時に居合わせたのが僕なのだと言う。
瀬都奈は転校という形を取ったが、あれは逃げてきたのだった。助けを求めてきたのだった。
瀬都奈来日三日後。東京にミサイルが着弾。同時に瀬都奈が日本で姿を見せた事実より、いよいよ世界から暗殺の命令が強くなった。しかし、現代人では手の出すことのできない第三世界という空間に手を出したくても出せない。
そこで僕だ。
人間の妄想する世界がここで云う、いわゆる第三世界に近い存在だという。そして瀬都奈自身が使用している世界空間が僕の妄想とが完全に一致したのだという。未確認飛行物体だと思ったあのタイムマシンが見えたのはその為であると。
だから僕に接触して殺してほしいというのだ。
中学生なのに?
そうだ。
年齢なんて世界はお構いなしだ。
大人達の策略は、それは簡単な理屈である。空想の世界からの攻撃だと言うなら、ミサイル事件そのものを空想の話、妄想そのものにしてしまえば良い。そう考えたのだ。仮に瀬都奈の理屈に則ったとしよう。瀬都奈が第三世界内部で命を落とせば、それは空想であり、現実ではなくなる。未来から現代に来た事実はなくなり、約一ヶ月の闘争そのものが虚無と化す。想像の世界で何でもできるのであれば、地球外知的生命体からの攻撃をなかったことにすることくらい造作もないだろう、と。
それで話は第三世界への繋がりを持つ僕へと回ってきた。明星瀬都奈を殺し、全て無かったことにしてくれと。
彼女は今夜が最終決戦になると言っているらしい。だから、その日まで手を出さないで欲しいと声明があったらしいんだ。
でも、世界はそれを信用してなんかいない。
彼女はきっと今も戦っている。今と未来のために。あの日も戦っていた。あの場所、プールで初めて会ったあの夜も。
そう。
そうなのだ。彼女はあの夜も戦いの最中だったに違いないのだ。追われた後も瀬都奈は戦っていたのである。未来のために。
ひとりで。
黒服の男、佐藤と別れた僕はエデンを呼んだ。彼はいつものように僕の隣りにいて、そしてそこから導かれるように僕は第三世界へと入った。そこは天地無用の白い空間。地面を決めて認識すると、そこが足をつける事のできる平面になった。そして見上げれば、その目の前に人型空想上兵器が巨大な頭身で忽然と待っていたが、それはとても当たり前のことのように思えた。
最終決戦である。
出撃するのならそれはこの機体で間違いない。
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