宛先のない手紙

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手紙を書き終えて、宛先を書こうとはがきをひっくり返したところで、ひた、とすべての動きが止まった。宛名は分かる。でも宛先は? どこに宛てればいい? 彼の家? それとも、彼が最期にいた祖母の家? そもそもこの手紙をどこに出すの? どこの誰に? ――彼はもういないのに? 「お手紙ですか」 やさしげな声にふと顔をあげると、郵便配達員の格好をした年配男性が、おだやかな表情でこちらを見ていた。私は宛先の書かれていない手元のはがきに目を落とすと、自虐気味に笑った。 「そうです、手紙を出したい人がいて――でも宛先が分からなくて」 「お預かりしても?」 顔をあげる。郵便配達員の男性は、変わらずおだやかな表情を向けている。 「でも」 続く言葉を言わせまいとするように、宛先のないままのはがきを手に取ると、さらさらと宛先を書き、それをふところの郵便カバンにゆっくりとしまった。それほど大きくないカバンなのに、どこにそんなに入るのかと思うほど、中は手紙でいっぱいだった。ぱちん、とボタンを閉め、そうすることがルーティンであるかのように、その肩ひもをいじる。 「僕らの仕事は、手紙を届けることですから」 そう言って、郵便配達員の男性は笑った。安心してください、とでも言いたげな笑顔だった。 * お元気ですか。 手紙なんてあまり書かないので、どう書けばいいか戸惑っています。 そちらの暮らしはどうですか。不自由してないですか。 そういえば、9月の末になると、決まってあなたの夢を見ます。 今年もバヤリース持ってお墓にいきますね。 ではまた。
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