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後編
* * *
あれから十五年が経った。私も彼も二十一歳になった。
私は女優になると決めてから色んな努力をした。元々アイドル志望だったので歌のレッスンやダンスのレッスンをしていたが、子役の養成所に入り演技のレッスンをメインで行うようにした。今の時代、何でも出来たほうがいいかと思いピアノや歌、スポーツや武道と色んな習い事にも通った。学校でも常に勉強や本を読んでいたため、友達なんか一人もいない。でもいいの。私は彼と同じステージに立てれば幸せなのだから。
そして、運命の時がやってくるーー。
「それでは発表します! 海琉航輝主演映画のヒロインは! 魚波海人さんに決定致しました」
「ありがとうございます!」と私は前屈するかのように深々と頭を下げる。
やったあああああ! 来たぞ、これ!
私が彼のヒロインになる日が!
なななんと! 今回の映画のラストにはキスシーンもあるの!
ファーストキッス♡ キスってどんな味なのかしら?
今からドキドキが止まらないよ!
* * *
今回は海を舞台にした映画の撮影ということで、とある街の海で約一ヶ月間の撮影が行われた。
毎日のように大好きな人に会えて、しかも毎日「おはよう」と「おやすみ」を言ってくれる。目があったり、すれ違うと必ず笑顔で声をかけてくれる。場慣れしていなくてアタフタしているとすぐに声をかけてくれる。
実際に会った彼は、小さい頃からずっとずっと変わらない憧れの王子様!
本当に幸せすぎる日々。
そんな時間はあっという間に過ぎ、私が待ちに待ったキスシーンの撮影となった。
ヒロインである私が死のうと海に入る。そこに彼がやってきて、トロけちゃうくらいの甘いセリフを言い最後にキスをするというシーン。
今まで生きてきて一番の長い時間、歯磨きをした。
歯が取れるんじゃない? ってくらいの歯磨きをした。
最後に少し香りがするリップも塗ってもらった。
よし! 完璧だ!
いざ、キスシーン。
私のファーストキッス♡
彼は私を強く抱きしめ、そっと頬をなぞる。
じっと見つめてからの激しいキス?!
台本には優しい、触れるか触れない感じのキスって書いてなかった?
しかも長い……。息ができないよ……。
目を開けると彼のお顔のアップ。彼の膝の上で寝ていたらしい。
ヤバイ! 幸せすぎて鼻血が出そうです、お母さんっ!!!!!
「ごめんね。無理させちゃって」
「私こそ、撮影中にごめんなさい」
「キスシーンが台本通りでなく驚かせちゃったよね。監督には相談してたんだけど、キミには言わずのほうが画になるかなって思って。大好きだよ、ずっと側にいて! という意味で激しい形にしたんだ。おかげでいい画がとれたみたい。ありがとう」
「そうなんですね、よかったです。こちらこそありがとうございました」
「航輝くーん!」とマネージャーさんが呼びに来る。
「はい?」
「彼女、来ちゃてるよ」
「わぁ、マジか。ほんとヤキモチ焼きだから困るな」
「彼女さん?」
「あー! 今のは内緒にしてね! じゃまた後でね」と彼は可愛くウインクをして去っていく。
現実は上手く行かないものです。
ファーストキスは海のようにしょっぱかった。
でもでも!
すっごーく、しょっぱかったけど!
こんなんじゃ! 挫けないんだから!!
いつかアナタの隣に
立つために頑張るぞ! 頑張れ、私!
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