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フンドシを手に微笑む絹に佐吉は胸が高鳴った。いつか絹が自分のフンドシを洗ってくれる日が来るかもしれない。あの寒々しい長屋に春が来るかもしれない。そう思うと自然に口元が緩んだ。
「よし、これにする。いくらだ?」
「70文です」
「えっ!」
以前借りた時は50文だった。そのつもりで50文しか持って来ていない。
「いつもより高いじゃねえか。祭り料金か?」
「いえ、普通の麻の越中でしたら50文です。でもこれは六尺フンドシ。その上木綿の新品。高いのは当たり前ですよ」
「……おい鍋屋、ちょっと耳を貸せ」
せっかく絹が選んでくれたフンドシだ。絹の目の前で金が足りないから止めるなんて言えない。佐吉は絹に聞こえないように吉兵衛の耳元で値段交渉を始めた。
「少しまけてくれないか?」
「無理です」
「そこを何とか」
「ダメです」
「ケチ」
「はいはい。商売人はみんなケチです」
「……この野郎、人が下手に出てればいい気になりやがって。表へ出やがれ!」
佐吉は立ち上がり大声を出した。その時ふと目に入ったのは不安そうな絹の顔だった。
「おっと、いや、何でもねえよお絹ちゃん。ちょっと吉兵衛さんと個人的な話があってね。吉兵衛さん、少しだけ顔を貸して貰えるかい?」
佐吉は吉兵衛を店の外へ呼び出した。そして絹から見えない場所まで来るといきなり吉兵衛に深く頭を下げた。
「頼む! 50文で貸してくれ。明日には返しに来るから」
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