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「そう言われてもねえ」
「たった一晩だけだぞ。それで50文儲けられるなら御の字だろ?」
「こちらも商売ですので」
「そこを何とか! 今日はどうしても必要なんだ。特別な日なんだ! お願いします!」
深々と頭を下げる佐吉を見て吉兵衛は可哀想になってきた。
「仕方ありませんねぇ。なるべく汚さないでくださいよ」
「え……いいのか?」
「佐吉さん、あんた絹に気があるんでしょう?」
「え!」
吉兵衛はにっこりと笑った。
「今夜絹と一緒に祭りに行くためにフンドシを借りに来たんですね? お若い2人の邪魔をするのは野暮というもの。せいぜい頑張って"特別な日"にしてきてください」
「あ、ありがとう! 恩に着るよ。絹と所帯を持ったらまた色々借りに来るよ」
「はいはい。お待ちしてますよ」
2人が店に戻ると絹はフンドシを抱き締め泣きそうな顔をしていた。
「じゃあ料金、置いとくぜ」
「毎度ありがとうございます。絹、フンドシを佐吉に渡しておやり」
「はい」
絹が抱き締めていたせいかフンドシは温かかった。
「絹、今日は祭りで客なんて来ないだろう。もう帰っていいよ」
「え?」
「時間分の給金はあげるから、絹も祭りに行って楽しんで来なさい」
吉兵衛は懐から財布を出し小銭を取り出すと絹の手に握らせた。
「ありがとうございます!」
店を出て佐吉と絹はそれぞれの家に戻った。絹は浴衣に着替えるために、佐吉はフンドシを締めるために。
半刻後、2人は神社の鳥居前で待ち合わせをした。祭り見物の人でごった返した薄暮の中でも、佐吉はすぐに絹を見つけられた。
「お絹ちゃん! ここだよ!」
「佐吉さん!」
浴衣姿の絹は眩しかった。紅を塗った唇が艶かしかった。
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