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「はぐれるといけないから」
佐吉は絹の手を握った。絹もそっと握り返した。
吉兵衛が絹を早く帰してくれたお陰で2人は祭りを満喫できた。飴細工を食べたり、がまの油売りを見たり、金魚すくいをしたり。子どものようにはしゃぐ絹を見て佐吉も子どものようにムキになって金魚をすくった。 そうこうしているうちに辺りはすっかり暗くなっていた。
「私佐吉さんが吉兵衛さんに喧嘩をふっかけるんじゃないかって心配してたのよ」
「そんな事するわけねえよ。お絹ちゃんを宜しくってお願いしただけだよ」
「そうだったの。心配して損した。吉兵衛さん、親切にしてくれるのよ。お昼ごはんもご馳走してくれるし、お給金も毎日ちゃんとくれるし」
「そうなんだ」
借りに来る町人を見下してる嫌な野郎だと思っていたが、結構いいヤツなのかもしれない。佐吉は少し吉兵衛を見直した。
「吉兵衛さんの奥様からは家事や行儀作法も教えて貰ってるの。花嫁修業として」
「花嫁修業……?」
「だから、いつでもお嫁に行けるから……」
絹は頬を染めて佐吉を上目遣いで見つめた。
ヒューー……ドォーン!
まさにその時真っ黒な空に鮮やかな大輪の花火が開いた。佐吉はフンドシをキリリと握り締めた。
「お絹ちゃん、俺と夫婦になってくれ!」
「佐吉さん……」
花火の音で絹の返事は聞こえなかった。しかし絹が抱きついて来た事が答えだと佐吉は受け取った。佐吉は絹に顔を近付けた。絹は拒まなかった。周囲の人々は夜空を見上げていたので2人の唇が重なりあっているのに気付いた者はいなかった。
佐吉にとって、いや絹にとっても"特別な日"となった。
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