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祭囃し、神輿を担ぐ男たちの勇ましい掛け声。これはもうじっとしていられない。
佐吉は威勢よく長屋の木戸を開け表に出た。浴衣姿の老若男女は皆浮かれ顔でそぞろ歩いている。普段は野良犬くらいしかいない薄汚い路地も今日ばかりは華やかだ。
「こうしちゃいらねぇ」
佐吉は着物の裾を翻し表通りへとやって来た。
「おう、いるかい?」
"鍋屋"と看板の出ている小ざっぱりしたその店は損料屋だ。損料屋は晴れ着や蚊帳、鍋釜など、ありとあらゆる物を貸してくれる店だ。狭い長屋には押入れもないので庶民は必要最低限の物しか持たない。
それに江戸はとにかく火事が多い。「火事と喧嘩は江戸の華」などと言うが、その都度家財道具一式を買い換えられる程の蓄えのある者なんていやしない。なので殆どの庶民は生活用品は借りて過ごしている。
「おや佐吉じゃないか。今日は何用だい?」
奥から出てきた主人の吉兵衛は面倒臭そうに佐吉を見た。
「何用も何も、借りに来てやったんだ」
「それはそれは。で、何をお貸ししましょうか?」
「フンドシ頼むよ」
「ほう。お前さんはフンドシも持ってないのかい」
「余計なお世話だ。あんな物普段は使わねえ。特別な日にしか付けねえんだ」
「では今日は特別な日なんですね?」
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