友達の絵

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「美術部やめたの?真理」 「うん」 「へえー、まあ3年生だもんね」 お母さんや、家族は元々勉強に専念してほしかったらしくて、すぐに納得してくれた。面倒だからよかったと心の中で胸をなでおろしたあたしは、少し深呼吸をして、洗い物をしているお母さんに、「お母さん」と声をかけた。 「ん?」 「雪のことなんだけど」 「ん?」 「雪のお母さんから、雪に友達がいないから一緒に帰ってあげてって言われてさ、美術部だったから3年間一緒に帰っていたんだけど、もうやめたから、えっと」 お母さんが雪のお母さんに伝えてくれれないかと一応頼むことにした。 わざわざあたしは美術部やめたので、雪と帰ると約束しましたが、もう帰りませんので。なんて言いたくなかった。 どうせお母さんのことだから自分で言いなさいっていうんだろうけど、いやすぎてダメ元で頼んでみようと思ったのだ。 「帰りは友達と帰るから」 「うん、いいんじゃない?」 「それで、えっと」 「真面目ねえ、真理は」 お母さんは、呆れたように笑った。 「そもそも、3年間も絵画咲さんのお願いを聞いて美術部だからって登下校してたでしょ、友達に帰ろうって言われても断ってたって言ってたし」 「うん……」 「いいんじゃない?もう、何も言わなくても。部活もやめたし、その約束も時効でしょ」 眉毛をあげて、きょろっとした目であたしを見たお母さんに、あたしは口をあいたまま立ち尽くしていた。あんなに悩んでいたのに、時効でしょって。 真面目だねえって、まるで透明の約束を守り続けたあたしを茶化しているみたい。 「……うん」 でも、何も言わなくていいっていったお母さんが、責任をとってくれるような気持ちになって、あたしは黙って自分の部屋に戻った。こういう気持ちになるのも、あたしがずるい証だ。 部屋に戻ったあたしは、棚に飾ってある青色の写真立てに目を滑らせた。 写真に写っているのは、高校1年生のあたしと、雪。 遠慮がちにピースしているあたしの横で、高校1年生の時の雪は申し訳なさそうに俯いている。 「写真撮ってもらっていい?真理ちゃん」 そういわれたから撮ったのだ。 昔から、あたしと雪は家が近くて仲が良かった。 絵を描こうと保育園であたしが誘って、雪は絵を描き始めた。 お互い絵が大好きで、すぐに仲良くなって、家が近いということもあって毎日一緒に絵をかいて遊んだ。あたしと雪は、絵を描くことで繋がっていた。小さい頃は、上手い下手関係なく、雪の世界、あたしの世界を見せ合って、目を輝かせて手を叩いて、絵の中の世界を2人で手を繋いで冒険したものだ。 しかし、小学生になって、雪は図工の時間。 先生に天才だと叫ばれる。小学生になると、足が早い子、頭がいい子、何かすごい子は目立って褒められる。人気者になるものだ。 雪は、先生お墨付きの絵の天才で、絵が上手くて、私と2人でわざわざ絵を描かなくても、色んな友達と絵を描いたりしていた。 当然最初は私も誘われたけど、断った。 雪のことが、大嫌いになったからだ。 保育園で雪と一緒に絵を描いていた私は、知らなかったのだ。 雪は、私と一緒に色んな創造の世界の絵を描いて、一緒に手を繋いで冒険してくれた。 私の絵と雪はちょっと似ていると思っていた。だから、世界を共有できたのだ、同じような絵、同じような画力。全く違和感なんてなかった。 「真理ちゃんは絵がすっごくうまいんだね!」 「えへへ、雪ちゃんもだよお」 雪は、あたしの絵が好きだとよくいってくれた。だからあたしの絵を真似していると思ったのだ。保育園の時の愚かで無知で、子供のあたしは。 「雪ちゃん!あなた天才よ!」 東京という題名の絵は、あたしたちが行ったことのない東京を紅霞が包み込み、雲影の細部に渡るまで、東京に住んでいる人々の生活をそのまま切り取ったようなリアルさで書き上げていた。 小学3年生が描いていい絵じゃないと、先生は目に涙を浮かべて熱弁していた。 小学2年生までは、粘土とかで絵を描くことってなかったから、3年生になって急に鬼の雪が角を出したみたいな気持ちになった。 去年まで、うちで寝っ転がって紙を突き合わせてあたしの隣で一緒にクッキー王国を描いていた雪の絵とは思えなくて、あたしは絵と雪を何度もみた。 「雪ちゃん?」 テーマは行ってみたい場所だった。小学3年生のお姉さん、お兄さんになったから実際にある場所を描きましょうといわれて、あたしは山ばかりの町だから海に行ってみたくて青い空に青い海を描いた。大体皆海だった。青い空に青い海。 だから、一人赤と青と紫と、それだけじゃない様々な色を使って、燃えるような空を描き、その下で生活しているまだ見ぬ東京の人々と、電気がついていたり消えていたりする東京という町の建物たち。東京タワーはテレビでしかみたことないけれど、雪の絵の中で堂々と鎮座している東京タワーは、見たことないけどこんな風に迫力があるんだろうなと納得させられる重厚感があった。 あたしだけと絵を描いてくれる雪、あたしだけの友達だった雪が、先生にすごくすごく褒められて、あなたたちとは世界が違うとか言われて、あたしの頭の中は急に石をいれられたように重くなって、なんだか胸がもやもやして、その場で暴れまわりたくなった。 雪は、セーブしていたのだ。 あたしのレベルにあわせてくれていたのだ。 そんなこと、全然知らなかった、こんなに絵が上手いだなんて全然知らなかった。 あたしは、小学3年生の頃からあまり雪と遊ばなくなって、中学も別々のところを選んだ。 雪は最初は皆と絵を描いたりしていたけれど、徐々に一人になっていった。一人でずっと絵を描くようになった。あたしは声をかけなかった。雪、一緒に絵を描こうなんて言えなかった。 でも、何故か絵を描くのはやめられなかった。 見返してやるんだ、そんなバカな野望を抱いて裏で絵を続けていたのだ。でも、中学になってリアルが忙しくなって、見返してやろうと思っていた雪とも離れ離れになって、あたしは中学を普通の中学生として、友達を作って、休みの日は遊んで、カラオケに行ったりして、でも絵は密かな趣味だった。どこか旅行に行ったり公園に行くのにスケッチブックを持って行ったりもしていた。 絵を描く仕事に就職しようだなんて微塵も思っていない。 あたしはただ、絵が好きだったから続けていただけだった。 それなのに、それなのに。あの日、高校の入学式の日。
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