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「なんか、目腫れてない?」
「え?」
次の日、朝急いで目を冷やしたけど意味なかった。
お母さんにも何で目がはれてるのか聞かれて、
「寝不足だったからかな」
あはは、と笑って見せたけど、上手く笑えてたかな。
「大丈夫?もうすぐテストだからさては勉強頑張ってるな~」
「真理は真面目だもんね~」
肩に乗せているあかりの手は、温かかった。昨日から自分でもなんだか胸がざわざわして、無理してるってわかってる。でも、皆あたしに何も聞かずに明るく話しかけてくれている。
皆、なんとなく美術部関係であたしの様子がおかしいって気づいてそうだ。
早く吹っ切れなきゃ。
早く元も戻らなきゃ、心配かけないようにしなきゃ。普通にしなきゃ。
勉強なんか頭に入らなかった。授業なんか耳を隙間風のように通っていくだけ。
あたしは、何をこんなにもやもやしているんだろう、まだ絵を描きたいのかな。そんなことない、絵を描いていたって辛いことばかりだったじゃない。
思い出していく、一つ一つ、いやだったことを。
美術部の部長なのに、雪の方が絵が上手いって影で後輩に言われたことや、先生に雪の方が部長にふさわしいって遠回しに言われたこと、賞をとった雪が美術部の部長を勘違いされるたびに、じゃあ部長って誰なの?どんな絵を描くの?って言われてきたこと。
どうしたら雪みたいな絵を描けるのか悩んで悩んで、迷路みたいに迷い続けて、なれるわけないってわかっているのに描き続けて、違うって自分が一番わかっているから自分の絵を破って、引き裂いて、ぐちゃぐちゃにして、ゴミ箱にたたきつけた。
雪の絵は、綺麗な額縁に飾られて、校舎の至るところに展示してあるにも関わらず、美術部の部長のあたしときたら。
あれ、なんかまた涙出てきた。あたしは授業中だから誰にも気づかれないようにうつむいて目をこすった。
「絵画咲雪さん」
窓側のあたしの席と正反対のクラスの出入り口側の一番後ろの席に座っている雪があてられてあたしは運が良かったと思った。
「どうして泣いているんですか?」
「いえ……」
涙をふいた後、あたしは心臓が飛び上がってどこかに飛んで行ってしまうかと思った。思わず席を立ち上がろうとしたとき、
「絵画咲さん?」
え?
全員が注目しているのは、あたしではなく雪のほうだった。
「なんでも、ありません」
よく見ると、雪の目もあたしと同じで腫れあがっていた。目を真っ赤にしている雪は、机に突っ伏して動かなくなった。
雪も泣いていたんだ。
あたしの心の中に大きな濁波が寄せた。元々荒れていた心の中に、胸騒ぎの雨が降り注いでいる。雪も泣いていたんだ。泣くことなんて、昨日のあれしかない。
あたしが、美術部をやめて、冷たくしちゃったこと。
雪は、人付き合いのことで泣いたことなかった。どうせあたしが悪いから、ってそれが口癖だったから。
でも、雪は泣いたんだ、きっと。あたしのことで。
「……」
「……っ」
真っ赤なうさぎのような雪の目が、あたしを見つめていた。あたしは咄嗟に目をそらした。
冷たくしたり、気にしたり、あたしはなにがしたいの?わからない、わからないよ。
「真理」
昼休みが終わってトイレに行こうとしたあたしをクラスの出入り口で呼び止めた雪は、小さい声で言った。
「今日美術室に来てくれない……?最後にするから」
「え?」
「最後にするからさ、もう一緒に帰ってなんていわないから」
最後にするから?
「あ、真理―!私もトイレー!」
早紀がかけてきて、私の腕に抱きついた。
あたしは、雪の方をあえて見ないで笑った。雪は後ろを向いていて、どんな顔をしてあんなことを言ったのかわからないけれど、あたしは、今日きっと雪と大喧嘩をする。
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