熱の自覚

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私が自分だけの好きなものを自覚し始めたのはいつだったのだろうか。 幼稚園のとき、アイドルのブロマイドが欲しくて買ってもらった。でもあれはお姉ちゃんが好きなアイドルだった。お姉ちゃんがそのアイドルに飽きた途端、私は手元のブロマイドが部屋を汚すゴミに見えた。同じマンションの別の階に住むさつきちゃんが欲しいというので、惜しい気持ちもなく渡した。 小学校に上がって、好きな子ができた。同じクラスの元気いっぱいの男の子だった。人懐っこい子で、誰に対してもよく話しかけてくれた。仲良い友達のほとんどがその子のことが好きだった。みんながその子のことを好きな理由を言うたびに、私もその子のことが好きな気がした。その子と私は誕生日が近く、みんなよりも特別な気がして嬉しかったが、お誕生日会の日程がかぶってしまった。仲良しのお友達のほとんどは、私の誕生日会へと来なかった。お父さんの用意してくれたフルーツいっぱいのケーキを前にしても私は涙が止まらなかった。さつきちゃんは自分のケーキから私のケーキへと、桃をひとつ乗せてくれた。次の日から好きだったあの子はなんだかアンポンタンに見えた。 中学時代、陸上部に入った。お姉ちゃんが運動部で成績を残すと受験に有利だ、と言った。私は一生懸命部活に取り組んだ。それなりに向いていたし、部活内での仲間との関係も良かった。雑貨屋さんで買った「陸上部★」と書いてあるキーホルダーをみんなでお揃いにしたりした。中学2年生のあるとき、みんなは私を無視するようになった。あのキーホルダーを付けているのはもう私1人だけだった。部活の時間が近づくと吐き気が止まらなくなってしまった私は、中2の冬頃に陸上部をやめた。さつきちゃんのいる文芸部に入り、休み時間も放課後も家でも歴史小説を読むようになった。異なる時代の話を読むことは私にとって異世界へ飛ぶことと同じだった。大会でライバルを抜き去りゴールをするとき以上のワクワクがそこにはあった。 高校生のとき、近くのファミレスでバイトを始めた。バイト先の一つ上の先輩に告白され、そんなことは初めてだったので嬉しくて、よく知らないまま付き合い始めた。優しい人だった。初めてのデートも、手を繋ぐことも、キスも、何もかもが刺激的に思えた。付き合い始めて数ヶ月、バイトへと向かう道の途中で彼を見かけた。本屋さんに立ち寄ろうとしているようで、入り口の近くに自転車を停め、お店の中に入って行った。その本屋さんでバイトをしていたさつきちゃんが店の外へ出てきて、彼の自転車を少し移動させた。彼の自転車の後ろタイヤは、点字ブロックを踏んでいた。それ以来、彼にドキドキすることがなくなってしまった。 大学では歴史学を専攻した。中学以来歴史小説を読み漁っていることもあり、私の論文ははそこそこに評価される内容になっていた。空いた時間に受けていた心理学の授業では、自分を見つめ直すことをテーマとして、レポートの課題が出た。 元々あまり感情が強く出るタイプではない。自分を省みることもそんなにない。私の人生とは?私の好きなものとは?私とは?何が私を私たらしめ、心を突き動かすのだろうか。そんなものがあるのだろうか。この課題は私にとって難しいものだった。学生食堂でパソコンを前に煮詰まっていると、さつきちゃんが駄菓子のドーナツを持ってやってきた。私の横に座る。私はこの小さなドーナツを昔からよく食べていた。さつきちゃんは包装を開け、中のドーナツを一つつまむとそのまま私の口元に押し当てた。「これで大丈夫。」押し当てられたドーナツをそのまま口に入れてもぐもぐする私に、何も知らないさつきちゃんは言った。私は…。 一瞬のまばたきの後、今まで感じたことのない煌めきがさつきちゃんの周りに見えて、血が勢いを増して巡るのを感じた。
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