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 人は、楽しい思い出を写真に撮ったりして忘れないよう大事にとっておいたりする。  悲しかった思い出や痛い思いをしたことは、保存もしていないのになかなか忘れられない。そういった思い出の方が、強く記憶に残るからだ。危険から身を守るための防御反応だとか、小難しい話を聞いたことがある。が、やはり人は、ネガティブな思い出よりポジティブな思い出で幸せを感じていたいと願うだろう。世の中、思い出したくもない辛いことで溢れているのだから。  学校の帰り道、小さな花屋さんの横にある狭い路地を抜けたところに、レンタルショップがある。そこにあるDVDの中には誰かの思い出が録画されていて、まるでその人になったかのように疑似体験できるというわけだ。つまりは、記憶のレンタルと言える。  カメラに収めた訳でもない誰かの記憶を、どうやって映像や音声として残しているのかは知らない。おそらくはそれらしいタイトルをつけて、それらしい映像を撮影しているだけだろうとは思う。驚くべきは、その種類の豊富さだ。喜怒哀楽の4区分に等割された部屋に、天井まである大きな棚が所狭しとひしめき合っている。そのすべての棚に、みっちりとパッケージが詰まっているのだから、よくもまあここまでの膨大な日常を集めたなと感心する。  ところで、このレンタルショップは会員限定である。会員と言えば年会費とかそういうイメージがあるが、ここは会員登録の際にただ一度きり、自分の記憶を商品として提供する必要がある。提供した記憶は無くなるらしいし、このショップの商品としてどこかに存在しているとも言われた。誰の記憶かは早々わからないよう配慮はしてくれているそうなのだが、私はもう何の記憶を差し出したかすら思い出せないので、あまり気にしてはいない。 「まあ、大体の人が悲しかった思い出とか、痛い思いした昔話とかを出してくれるね」 「でもそれ、商品として成立するんですか?私みたいに、楽しい思い出ばっかりレンタルするお客さんの方が多いと思うんですけど」 「まあ、そうかもねえ」  店長は私が借りていたDVDをのバーコードを手際よく読み取っていく。今回借りたタイトルで特に面白かったのは「文化祭での悲劇」だ。悲劇と聞くと抵抗があるが、中身は調子に乗った男子高校生の恥ずかしい思い出……要は黒歴史だ。悲劇というタイトルのくせに、「楽」のコーナーの棚に置いてあるものだからついつい、手に取ってしまった。 「本人にとっては忘れたい辛い記憶でも、他人からすれば笑えるものだったりするものさ」 「そうですかねえ」 「そうだよ。そうして他人に笑ってもらった方が、ここに映った悲劇の彼も救われるというものだよ」 「それは……どうでしょう?」 「どうでしょうねえ」  会計を済ませて、さて次は何を借りようかと棚をうろうろと眺める。私が借りるのはもっぱら「楽」のコーナーにあるものだ。笑い話に、楽しい思い出。今日は旅行系の素敵な思い出でも借りたい。海の綺麗な、海外旅行の思い出でもないだろうか。あったとして、そんな素敵な思い出をどうしてこんなところに置いていってしまったというのだろうか。そっちの方が気になって、あまり思い出に集中できないかもしれない。  ふと、足を踏み入れたこともない「哀」のコーナーが気になって、そっとその部屋を覗いてみる。普段見る棚と変わらない量のDVDには裏切りに、失望……犯罪臭すら感じるタイトルもあって思わずうへえ、と顔をしかめる。そのタイトルの大体が嫌な思いを「させられた」側の記憶だが、せめて、復讐を遂げただとかのスカッとする結末が待っていれば良いのだが、おそらくはそうでもないのだろう。悲壮感の漂う表紙は、より一層誰かの手に渡りそうにないなと思う。それなのに埃をあまり被っていないのは、きれい好きの店長の仕業だろうか。 「こんにちは店長、今日もいつも通り」 「かしこまりました」  あまり自分の食指が動かないまま、諦めて部屋を出るとレジには別のお客さんがいた。穏やかそうなサラリーマンのおじさんが、通り過ぎるときに会釈をしていったので思わず私も頭を下げる。この店で使われるレンタル用の黒いバッグには、2,3枚のパッケージが見えた。 「ねえねえ店長、今の人、常連さんですか」 「どうして?」 「いつも通り、って聞こえたもので。あんな穏やかそうなおじさんだと、どんな記憶を借りるんですかね」 「こらこらぁ、人のレンタルしたものに興味を示すんじゃありません」 「だって、気になるじゃないですか」  本当にサラリーマンかどうかは知らないが、スーツを着ていたので少なくとも私よりは自由に色々できるはずだ。誰かの日常を借りるほど、退屈しているのだろうか。それに、いつも通りということは、例えばカフェでならいつもと同じメニューが出てくる。だがここはレンタルショップだ。 「つまり、毎回同じ物を借りているってことですよね?」 「鋭いねえ……そうだよ。彼はね、面白いことに、ある『3つの記憶』だけ毎回借りていくんだ」 「……え?本当に?借りたことのあるやつを、また借りていくってことですか?」 「そう」 「なんで?」 「さあ?店長は知らないし、知っていても顧客情報はおいそれと垂れ流さないさ」 「ええ……」  その日は気になっていた海外旅行の思い出はやはりなかったので、代わりに観光名所の多いところを散策する記憶を借りて帰った。家に帰って早速見てみたが、お寺や古い日本家屋をひたすらに「つまらない」とバカにする、甲高い声をした誰かの思い出でしかなく失敗だった。音声をオフにして、ただぼんやりと映像を眺めることにした。最後は急な坂道をヒールで歩いたせいで盛大にすっころんで、男の人を殴ってしまうところで映像は終わった。やはり、「哀」のコーナーのものを借りる人の気が知れない。  私がレビューをつけるなら、星の数は間違いなく1だ。そう思ってバッグにDVDをしまう。ふと、今日見たサラリーマンのおじさんを思い出す。  おじさんはどんな記憶を借りたのだろう。毎回借りるということは相当のお気に入りなのかもしれない。ならばきっと、楽か喜のコーナーのものだと確信する。穏やかなおじさんをそこまで虜にする記憶なら是非見てみたいが、毎回借りられるのであればそれは叶わないのだろう。 「一度だけ頼んで、借りてみようかなあ……。あ、でも、ヤマしいやつだったらやだなあ」  穏やかそうなスーツのおじさん、と随分浅い印象で、素敵な記憶を借りているのだろうと推察したが勝手な期待はよくない。好みのタイプの女性の記憶とか、女性のあられもない記憶だとか。そんなものを借りているとしたら、などと失礼なことを考えてはぶんぶんと首を横に振る。 「毎回同じDVDを借りる理由、か……。それも、3つ。なんで毎回同じ記憶なんだろう……楽しむためじゃない、のかな。例えば、知り合いの記憶とか?なんて、そんなものが本当にあるわけないか。似ている人の記憶とか……知っている思い出だったりして。……ううん、考えたってわかるわけないよね」  気になりはするものの、自分の中に答えが見つかるはずもなく私は諦めてベッドに潜り込む。なぜ、かは気になるがもし予想通りの変態だとしたらどうしようなどと、ぐるぐると思考が止まらなくなっていく。
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