02_駆逐艦雪風(2)

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02_駆逐艦雪風(2)

 1588年2月23日正午  ニャンゴロウは、雪風を見上げながら説明を始めた。 「おまえたちの国、大日本帝国が敗戦し戦後処理で戦時賠償艦として引き渡された名駆逐艦だにゃ。老朽化により1965年12月16日退役。1966年11月16日除籍されたので解体される直前に、吾輩の能力で南太平洋で沈んでいた沈没駆逐艦と交換してきたにゃ。こんな素晴らしい艦、鉄くずにされなくてよかったにゃ。まあ、スクラップ作業員はいきなり錆びた艦に代わっていたので、驚いていたようだだけどにゃ」  まったく、エコな猫だ。軍オタなわたしは、ニャンゴロウのことだから、アメリカ海軍の現役ミサイル巡洋艦あたりを拝借してくるかと予想していた。 「そんなことはしないにゃ。現役艦が1隻消えたら大騒ぎになるにゃ。核ミサイルが搭載されている可能性もあるにゃ。あくまで不要となったものを、拝借するのがにゃんこ流というものにゃ」 「それと、現役艦では、アスロック(艦載用対潜ミサイル)制御ソフトウェアの起動方法がわからなくて諦めたにゃ」  やはり、過去にミサイル巡洋艦に忍び込んだ経験があるようだね。ずうずうしくも拝借しようとしたということか。やはりこのコ、クロだね。 「どろぼう猫の所感として、この艦は使えそうなの?」  わたしは、雪風を指す。 「何回か起動させたことがあるにゃ。でも、ボイラー艦だからガスタービン艦に比べて反応が悪いにゃ」  このコ、ガスタービン艦にも忍び込んで拝借しようとしたことがあったということか。確実に人間だったら檻の中だね。  わたしは元の時代から持ち込んだスマホ取り出した。趣味の海戦ゲームと同時にダウンロードした軍艦スペック表を検索してみる。 「雪風」あるある。出てる出てる。うんうん、軍オタ女子のの面目躍如だ。世界史、日本史は苦手でも、軍艦のスペック表は持っている。すごいね。わたし。 「この艦の就役は1940年1月20日。私たちが来た時間は、2021年9月21日。艦齢81才のおばあちゃんだよ」 「失礼にゃ。にゃんこドックで魔改造済みなのでぴちぴちにゃ。お前たちの時代の駆逐艦はコンピュータの塊にゃ。全てコンピュータで制御されているにゃ。動かすにはITリテラシーと熟練海技士がいないと絶対無理だからこの艦を選んだにゃ」  何か妙に説得力がある。要するに、ニャンゴロウの調達戦艦選定基準は、わたしたちも操作できる可能性のあるアナログ戦艦であるということらしい。その中で最も近代的な兵装を整えた最終生産型を手に入れたようだ。  昭和でいうと41年まで現役だった戦艦だ。旧式だけど何とかなるような気もしてきた。  わたしは以前観たハリウッド映画で、アメリカの戦艦が宇宙人を撃退したストーリーを思い出した。 「これだって、オレ達には動かすの無理っしょ」  イチタカが無感情に割って入る。いくら旧式とはいっても、この時代で動かすには、それなりの知識と経験がいるのはいくら素人でも十分分かることだ。  わたしは続ける。 「基準排水量 2,033トン  全長      118.5メートル  最大幅    10.8メートル  吃水      3.8メートル  ボイラー   ロ号艦本式缶3基  主機     艦本式衝動タービン2基2軸、52,000馬力  最大速力   35.5ノット  航続距離   18ノット/5,000海里  乗員      兵員239人  兵装      50口径三年式12.7cm連装砲:3基  九六式25mm連装機銃:2基  九二式61cm四連装魚雷発射管:2基 (九三式魚雷16本)  九四式爆雷投射機:1基  爆雷投下台:6基  爆雷:36個   ソナー 九三式探信儀 九三式水中聴音機 だって」 出典:wikipedia  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%AA%E9%A2%A8_(%E9%A7%86%E9%80%90%E8%89%A6) 「駆逐艦って。この時代、潜水艦は無いだろ」  イチタカが無感情に続ける。  仮に、水上ソナーがあっても、この時代、木と布の帆船戦艦では探知できるかどうか疑問だ。それに、帆船はまだいい方で、奴隷に櫂を漕がせるガレー船が戦艦の主力を占めているのだ。 「航続距離がすごいね。1海里1.8kmだから9000km。東京とロサンゼルスの距離と同じよ」 「うーん」 「全長118mか。操艦訓練が必要だね。この時代、タグボートもないんだよね。まあ、港の近くまで行って、公爵様にちらりと見せればいいよね。おほほほほ」  わたしは空笑いする。  実はこれが、わたしが戦艦を用意しなければならなくなった、本当の理由なのだ。 「でも、弾はどうするの?人殺しはイヤよ」  ニャンゴロウを見る。 「この艦は少人数でも動かせるように改造済みにゃ。装備は1939年公試運転時の50口径三年式12.7cm連装砲3基に戻してあるにゃ。実弾は3番砲塔に2発装填してあるだけにゃ。1番、2番砲塔は吾輩が開発した『砲弾水』に換えてあるにゃ。  イチタカが言うように、この時代潜水艦がいないから、爆雷投下台は外したにゃ。あと、兵員不足の折、敵の斬り込み隊に乗り込まれて固定機銃を乱射されても困るから、予防措置として取り外したにゃ。でも、4連装61cm魚雷発射管1門は残したにゃ。これは、たった実弾4発しか装填してないにゃ」  やはり実弾を結構装填していたのね。本当に油断のならないコだ。しかし、どういうエンジニアがこの艦を改造・整備したのだろうか。後で聞くことにしよう。 「で、ニャンゴロウ。砲弾水って何? 」 「吾輩の能力で海水を圧縮して固めたものにゃ。飛翔中に少しずつばらけて命中するころには、元の海水に戻る砲弾にゃ。まだ、標的に向かって撃ってみたこと無いけどにゃ。まあ、元が海水だから気兼ねなく撃てるにゃ」 「砲弾の重さはどのくらいあるのかな」 「50kgくらいかにゃ」  その時、気付けばよかったのだ。  海水とはいえ50kgの質量を持つ液体が、高速で飛ばされてきたら、木造船へのダメージはどのくらいになるか。実は、わたしもニャンゴロウも水鉄砲をイメージしていたのだ。ニャンゴロウはニャンゴロウで、タダで手に入る素材(海水)で砲弾を作りたかったのだろう。この世界で、ニッケルとかクロムとかを精製するのは技術的に酷くハードルが高いからだ。  話の途中でイチタカの大声が、わたしの思考を停止させてしまった事もある。 「人殺しは嫌だといっただろーが!野良猫」 「しょーがにゃいにゃー。魚雷信管もサービスで抜いておくにゃー」  わたしたちは、ニャンゴロウの能力の一つであるテレポートで艦内に転移した。見ると10匹の猫が整列している。  猫たちはニャンゴロウに敬礼する。すると、ニャンゴロウも猫たちも敬礼を返す。 「このバイト君たちが、航行を補佐してくれるにゃ。よろしくたのむにゃ」  わたしたちは、猫たちが動かす猫船に乗ってしまった。不安だが仕方ない。イチタカも苦笑しながら敬礼を返した。  艦橋に続くラッタル(艦内階段)を一歩一歩登る。かなり太腿に負荷がかかる。この艦には、エレベータなんていうものは付いていない。考え方を変えれば、良いエクササイズが乗船中にできる。ここのところ、運動らしいことはやってなかったからね。  艦橋指揮所に入ると窓から蒼い一面の海が見える。ここから見る海は絶景だ。以前、スマホ海戦ゲームをやりながら、こんなところで一度戦闘指揮を執ってみたいと思ったことがあった。  しかし、この風景、この場所、以前来たことがある気がした。多分デジャブなのだろう。 「コトネ。紙を丸めて吾輩についてくるにゃ。それと、これ」 「100円ライター? 」  ニャンゴロウからピンク色で傷だらけの100円ライターを渡された。見ると、ガスがほんの少し残っている。きっと元居た時代の繁華街で拾ってきたものだろう。この時代には絶対無いものだ。  ラッタルを下ると、機関室。数匹の猫のバイト君達が働いている。ニャンゴロウは奥のエンジンルームに入ると、奥にある丸い鉄の蓋を開ける。 「紙に火をつけて、この中に放り込むにゃ」  と、わたしに指示する。  わたしは、ニャンゴロウの言うとおりに横に積んであった新聞紙の一枚を丸め、火を点け放り込んだ。  ドンッと低い爆発音のような音がしてボイラーが点火された。ニャンゴロウは蓋を閉める。 「これで、少し待つにゃ。この艦は旧式だけど、ボイラーだけは新品交換してあるにゃ。高温・高圧の水蒸気を出せるようになるまで4時間くらいかけるにゃ。オリジナルのボイラーだと水蒸気の圧力が上がるまで10時間はかかるにゃ」  わたしはニャンゴロウと別れ、右舷デッキに上ってみる。大きな煙突と小さなH型の煙突もある。二つある大きな煙突の前1本から、黒い煙がもくもくと立ち上がっているのが見える。空は青く、太陽が眩しい。                    ◇  再度、艦橋に上ってみる。複雑そうな操艦設備に気がついた。さっきは風景に気を取られすぎて気付けなかった。左に固定された双眼鏡。前方に各種メーター類。右に羅針盤。後方に舵輪が配置されている。  わたしは船窓から甲板を見下ろす。誰もいない。艦内はボイラーの唸り声のような動作音がリズミカルに響いている。それ以外は静かなものだ。イチタカとマーガレットは艦内散歩をしているようだ。  わたしは欠伸をすると、急に睡魔に襲われた。休むには適当な場所がないので、仕方なくその場に座り込むとうとうと寝入ってしまった。多分、今朝は早起きしすぎたからだろう。                   ◇  遠くで誰かが叫んでいるような気がする。わたしは眠いのだから、邪魔しないでほしいのだけど。 「……! 」 「……! 」 「……ネ! 」 「コトネ! 」  わたしを呼んでる?
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