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03_悪夢
日時不明
遠くで誰かが叫んでいる。お願い。すごく眠いから起こさないで。
「……! 」
「……! 」
「……ネ! 」
「コトネ! 」
わたしを呼んでる?
突然、辺りの騒音がわたしの耳に入ってきた。
「……丈夫? 」
「大丈夫? 」
どこかで見たことのある女の子がわたしの顔を覗き込む。友人のマナだ。
周りを見回すと、どうやら戦艦の艦橋のようだ。ただ、窓ガラスは割れ床に四散している。艦内で火災が発生しているのか煙で息ができない。
艦内随所から煙が吹き出ているようだ。わたしは少し咳き込んだ。
近くにヘルメットを被った茶色の縦縞大猫が負傷して倒れている。
私はどこにいるのだろう。全くこの状況が飲み込めない。
船窓から外を見ると、灰色の海が広がっている。雲は低く流れも速い。三角波の波頭がいたるところで白く砕けるのが見える。海上は猛烈に時化ているようだ。
艦の揺れも激しい。
「敵巡洋艦の砲弾は、艦橋をわずかにかすめたよ。艦橋への直撃はなかったけど、第1砲塔は大破。第2砲塔も大破、第3砲塔も旋回装置故障。射撃可能だけどロックしているようね。さっき、副砲発令所から固定砲台としては使えると連絡があったわ。でも、幸いなことに魚雷発射管と機関には問題ないようだよ」
いたる所から、耳を劈くような砲撃音が聞こえてくる。
本当に轟音で耳が痛くなってきた。
右斜め前方を見ると、木造船艦隊の中では異様な近代巡洋艦が見えてきた。あれは敵なのかな。
目を凝らしてみると、巡洋艦全ての大砲がこちらを向いている。明らかに敵だ。
巡洋艦の航行速度は速く、わたしたちの進行方向を斜めに右から左に横切っていく。何か、急に速力を落として挑発しているかのようだ。大砲は全門こちらを向いているのに発砲しない。
それとも、故障でもしているのか。
船尾に白地に赤いクロスの国旗か海風に棚引いている。その時のわたしは、その旗がイングランド王国旗であることに気づけなかった。
わたしは、更に海上を見回す。左右に展開する味方らしい木造帆船からは激しく黒煙が立ち上っている。あちこちから炎がチラチラと見える。明らかに大破、沈没直前の戦艦ばかりだ。
どうやら、負け戦の途中らしいということだけはなんとか理解できた。
「コトネ。見て。11時の方向。また新たな敵らしき艦影が数隻現れたよ」
「ひっ」
突然、そんなことを言われても、わたしはどうしていいかわからない。
「コトネ! 」
「10時の方向。さっき前を横切った巡洋艦の発砲炎確認! 」
「回避運動をとれ! 」
「主舵いっぱい。右転進。見張り員退避。衝撃に備え!」
爆発音と共に艦の左右に大きな水柱が立上がる。
反動で艦が木の葉のように激しく揺れる。
「再度、左舷巡洋艦から発砲炎確認! 本艦左舷に着弾」
辺りが強い光に包まれる。
わたしは頭をかかえる。
弾が当たった?
爆発音がしない。
先ほどまでの喧騒と打って変わって、周りが真っ白になり静寂に包まれる。
もしかして死んだのかな。わたし。
◇
遠くに黒い小さな何かが見える。
わたしは目を凝らす。
茶色の縦縞猫?
こちらを見ている。
猫は興味なさそうに、背を向けるとゆっくりと去っていく。
「待って」
「待ってよ」
何故か、わたしの知っている猫のような気がした。
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