01_駆逐艦雪風(1)

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01_駆逐艦雪風(1)

 1588年2月23日午前11時  過去に遡り無双する物語は、何度読んでも楽しい。  特に歴史好きにとっては、色々な夢が膨らむからだろう。  それは、その後の歴史をわたしたちは知っているからだ。当時の人々が持つ戦力もおおよそ察しが付くし、それを凌駕できる武器を持てば、余程のことがない限り負けることはない。  でも、わたしたちが持つ以上の武器が存在した場合、どうしたらいい。  そんなことをわたしは考えていた。  眼前に広がる青いポルトガルの海。青空が広がり、少し冷たい風が頬を刺す。  辺りに人気のない漁師に放置されたと思われる古い湊の埠頭に立っている。そういえば、つい最近まで女子大生だったんだよね、と思い出す。思えば遠くに来たものだ。  今が西暦1588年でなければ問題なかったのだけれど。 「コ・ト・ネっ」  遠くから聞きなれた声がわたしを呼んでいる。  振り向くと、男女と茶色の太った縦縞の猫のような生き物がこちらに近づいてくる。  声の主はウェーブのかかったきれいな金髪セミロング。こちらの世界で知り合ったマーガレットという少女だ。出身はロンドン。彼女によると突然誘拐され、人身売買組織に売られた上に船でリスボンの港まで連れてこられたという。組織の見張りの隙を突いて脱走したらしい。隠れていたところを、わたしたちがちょうど居合わせ、成り行きで保護したという12歳女児だ。  男の方は中高大一緒の腐れ縁、赤橋一鷹(あかはし いちたか)という。剣道道場の息子で、高校時代は剣道一直線だった堅物だ。そんなイチタカだが、最近、わたしと中学時代の同級生マナに少し心を惹かれている素振りを見せ始めた。人とは変化するものだ。  短足で、よたよた歩いてくる縦縞の猫様の生き物は、私たちをこの時代のこの国に引き摺り込んだ張本人(猫)ニャンゴロウだ。本人は、「吾輩はレオン・カステーリャ王サンチョ2世の名誉ある飼い猫イベリアオオヤマネコのルイであるにゃ。敬称は様であるにゃ。今後はルイ様と呼ぶにゃ。チャームポイントは耳の先の黒い房だにゃ」と言っているが、皆そうは呼ばない。ニャンゴロウだ。  今朝はポルトガルで調達した自宅にある美肌温泉に入り、遅い朝食をとってから、少しゆっくりしてこちらに来た。腕時計を見ると午前11時を回ったところだ。わたしたち、この時代にしてはいい暮らしをしていると思う。このニャンゴロウの不思議な力のお陰ではあるが。  リズミカルな波が打ち寄せ、偶に埠頭に強く当たると波頭が砕ける。白い飛沫が風に乗り、わたしたちの顔にかかる。わたしは用意していたハンカチをバッグから取り出し、顔にかかった潮を拭いた。マーガレットもレースのハンカチを取り出し、上品に顔にかかった潮を押さえた。彼女によるとイングランド貴族家の出身であるとのことだ。  今日は、秘密裡にニャンゴロウが調達した戦艦を見せてもらうこととなっている。イチタカは疑っていたが、わたしの都合で無ければ無いで本当に困る。今日の戦艦試乗はわたしの都合なのだ。 「じゃあ、ニャンゴロウ。お願いします」 「出すにゃ。埠頭から少し離れるにゃ」  突然、緑の霧が渦巻き、辺りを覆っていく。空が暗くなることにより、広範囲の霧が発生していることが分かる。暫くして、少しずつ緑の霧が晴れていくと、巨大な鉄の塊の一部がゆっくりと姿を現していく。そして全容を現した。  初見で分かる。大きい。大きすぎるわぁ!  わたしの熱中していた海戦スマホゲームでは、駆逐艦は小さくて、すぐ撃沈されてしまう弱々しい存在だった。LPも戦艦100に対し、駆逐艦30程度だ。でも、本物を見たのは初めてだ。艦の横には「YUKIKAZE」とペイントしてある。  堂々とした戦艦ではあるが、残念なことに艦首に金の猫顔が刻まれたプレートが取り付けられ、燦然と輝いているのだけが何とも戴けない。取り付けにもそれなりの手間とコストがかかっているのだろう。戦艦大和の艦首にある菊紋を模しているようだが、金の猫顔では本当に威厳も迫力もない。  これは調達・改修したニャンゴロウの拘りなのだろう。猫の性癖として、自分のいる場所、ものの所有権に関してひどく神経質なのは本能から来るものだからだ。  イチタカが駆逐艦をじっくりと見上げながら大声で叫ぶ。 「すげー」 「だー!艦首に金の猫顔プレートが付いている。だっせー」  そうは大声で言われても、ニャンゴロウは満足そうな様子だ。目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らしている。  わたしは、 「雪風!? 」 「ニャンゴロウ。これはどうしたの」 cb330cfa-b96b-44c8-87c3-4f6f9fa78fe6
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