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「あ、うん。そう」
「おじさん、相変わらずブラックバーン農園の深煎りが好きなんだね」
私の返答に春樹は苦笑しつつ肩を竦め、店内奥に積みあがったコンテナボックスに足を向ける。
「お父さん、それこそマスターに出会ったころからブラックバーンが好きなんだって」
「へぇ、そんな昔から。理香のお父さんとお母さん、わりと初期からのお客さんだって聞いてるけど」
春樹は積みあがったコンテナボックスの一番上を開き、そこに詰められたコーヒー豆を計量器に入れて袋詰めしている。
「春樹のお父さんも日本にいるころこのお店の常連さんだったんでしょ? で、おばさんと知り合ったってマスターが言ってた。春樹のお父さんもうちの両親と面識あったのかなぁ」
「さぁ。父さんは日本でのこと、俺たちにあんまり話してくれないからねぇ」
春樹には一つ年下の妹、美桜ちゃんがいて、彼女も春樹とともにタンザニアで育った。私は彼らの両親に会ったことはない。それもそのはず、だってこの兄妹がここに預けられるときは、決まって両親が日本で仕事をしているタイミングだから。でも、春樹も美桜ちゃんもそろってハッとするほどの美形なので、きっと両親もイケメンに美女なのだろうと思う。
妹の美桜ちゃんは洋服のデザイナーを目指してイギリスの大学に進学したそうだ。そして春樹自身はというと、両親がタンザニアで興した総合商社のサポートをしたいらしく、国際弁護士を目指して日本の法学部に進学した。それらの勉強の合間にこうしてお店のバイトをしている。まぁ、春樹はマスターの家――このお店の奥は居住スペースになっているらしい――に居候しているので、バイトというより居候の対価として、という方が正しいのかもしれない。
カウンターに頬肘をついて手持ち無沙汰に春樹がコーヒー豆を透明な袋に詰めていく様子を眺めた。彼の眦は形よく、鼻筋もすっと通っている。端正な顔立ちをしているのは、彼のお父さんが日英ハーフだからというのも影響しているのだろうか。
「はい。これ、おじさんの注文分」
「うん、ありがと」
お父さんがマスターに注文していたらしいコーヒー豆。密閉袋を真空機にかけた春樹は、天窓から降り注いでつやりとした光を放つコーヒー豆たちを紙袋に入れ、カウンターに置いた。そしてカチャカチャとドリップポットを手に取って、私に視線を向ける。
「で。今日は? 飲んでく?」
「うん」
「いつもの?」
私がこくこくと頷けば、春樹がふっと小さく笑った。こうして緩んだ春樹の口元を見るたび、どうしてだかはわからないけれど、いつだってほっと安心してしまう。
春樹が蛇口を捻ってケトルに水を注いだ。ケトルのスイッチを入れた春樹はコーヒーカップやソーサーが並ぶ横の戸棚に並べられた寸胴なガラス瓶のひとつに手を伸ばし、メジャースプーンを使ってその瓶からペーパーに豆を入れていく。
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