H×R

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H×R

 ブラウンの扉を押し開くと、チリチリと鳴る軽いベルの音。天窓からやわらかな陽射しが差し込み、店内の白い壁紙を眩く反射している。 「マスター、いる……って、なぁんだ」  銀色の焙煎機が大きく場所を占めていて、カウンターに六席しか設けられていない本当にこぢんまりとした喫茶店。カウンターの内側に立っていたのは想像していた人物とは異なり、私は大きく肩を落とす。 「なんだとはなんだよ」  カウンターの背後の戸棚に並ぶコーヒーカップとソーサーを整理していた彼がこちらに視線を向け、わずかばかりむっとしたように眉根を顰めた。 「今日は春樹(はるき)が店番なのね」  私はそう言いながら勝手知ったるという風にカウンター席に陣取った。  この店は、私の両親が若いころから通っている個人焙煎を主とした老舗の喫茶店。こうして個人客に提供するだけではなく、近辺のレストランから注文を受けて要望通りの焙煎具合に仕上げ、卸したりもしているらしい。  普段はこの店の創業者であるマスターがお店を切り盛りしているけれど、時折こうしてマスターの甥っ子である春樹が店番をすることもある。春樹のお母さんがマスターの妹さんなのだ。 「理香(りか)は俺が店番だと不都合でもあるの?」 「そういうわけじゃないけどさ。っていうか、いらっしゃいの一言くらいあってもいいと思うんだけど」 「はいはい。いらっしゃい」 「うわ、すっごいテキトー。マスターに接客態度がひどいって言いつけてやる」  彼は両親の仕事の都合上、幼少期から高校生までのほとんどをタンザニアで過ごしていて、たまに日本に帰ってくるときにこの店に顔を出すくらい。とはいえ、私の両親が昔からこの店の常連だったので、物心つく前から春樹と面識はあって、いつだってとりとめのない話をして過ごしていた。幼馴染みというわけでもないけれど、いわば腐れ縁のような関係だ。  そんな春樹と私は同い年で、なんと大学が一緒。入学式で遭遇した時は本当に驚いたし、他学部の授業を受けられる全学オープン科目で同じ英語の授業を選択していたと発覚したときは驚きすぎて硬直してしまい、呆れ果てた春樹にペシっと額を軽く叩かれる始末だった。 「ところで。今日は、注文のやつの受け取り?」  戸棚を閉じた春樹はカウンターの内側に設置されたバインダーに視線を落とし、そこに貼られた付箋を手にとった。
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