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「ごめん、待った?」
「光合成してたから大丈夫」
日向に置いた洋一の左手の木は、眩しい夏の日差しを浴びて煌めいている。
ファミレスで初めて出会ったあの日、私たちは連絡先を交換し、すでに何度か会っていた。手に生えている木について情報交換をするためだ。
「あ、夏場はあんまり日光当てないほうがいいかも。前に枯らしたことある」
「え、そうなの」
彼はすぐに自分の左手を日陰に引っ込めた。「まあ次の日には復活してたけどね」と私は付け加える。いつの間にか敬語使わなくなったな、とふと気付いた。
「平日なのに人多いね」
「みんな緑を求めてるのかもしれない」
「もしくはエアコンを求めてるのかも」
ふたつ隣の街にある植物園の入場券を購入して、私たちは入場ゲート前の列に並ぶ。
列はかなり長かったが回転が良く、私たちはすぐにゲートをくぐることができた。ひんやりとした空気が頬を撫でる。
「あるといいね、僕たちの木」
左手を胸の高さに持ち上げて洋一は言った。
それを見つけるのが今日の目的だ。「そういえば、これ何の木なんだろ?」という私の疑問が発端だった。「植物園にはあるかな」と。
「これだけあればあるんじゃないかな」
私は答えながら、自分たちよりも遥かに大きな木々が群集しているのを見上げる。隣に並ぶ彼も同じように視線を上に向けた。
「今更だけど、僕たちに木の判別なんかできるのかな」
「水族館のペンギンの区別がつかないのと一緒だよね」
「飼育員さんにはわかるらしいよ、あれ」
彼は軽口のつもりだったのかもしれないが、実際はそうなった。
さすがにすべての木々の判別はできなかったが、それが自分たちの手に生えている木かどうかは一目でわかったのだ。伊達に十年以上も一緒に暮らしていないということか。
「残念だけど、ここにはなかったみたいだね」
「うん。でもこのアイス美味しいから許す」
私たちは一通り植物園内をぐるりと見回った後、園内のギフトショップでソフトクリームを食べていた。歩き回って火照った身体に甘さと冷たさが嬉しい。
床に零れないように溶け始めた部分から重点的に食べ進めていると、ふと彼がこちらを見ていることに気付く。
「どうしたの?」
「ん、いや」
私が尋ねると、洋一は口の端で微笑んだ。「別にわかんなくてもいいかなって思っただけ」とコーンの端をサクッと齧る。
「アイスが美味しければ、それで」
小さなコーンの欠片が崩れるように落ちて、青々と生い茂った彼の木の上に乗った。
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