機嫌予報士

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【 保有資格 】  TOEIC 540  機嫌予報士  そう記された履歴書に差し替えてもらい、僕は本命であるソリッドシステムの最終面接に臨んだ。面接官にこのへんてこな資格に喰い付いて貰うという僕の作戦は見事に嵌った。面接が始まるや否や、人事部長が質してきた。 「この機嫌予報士というのは何ですか?」  ほらきた! とばかりに僕は予め用意してあった答えを紡いだ。 「これは『世界平和を謳う会』というNPO法人が認定している資格なのですが、目の前の相手を不機嫌にさせない、及び、こちらが意図しないところで相手を不機嫌にさせてしまった際の対処法、それらの技能を有するというものです。『小さな諍いをなくすことが、ひいては世界平和に繋がる』というのがこのNPOの理念なのですが、私はこの考えはビジネスにも活かせると考えております。仕事において社内、あるいは取引先と意見が対立することもあるかと思います。そんな中でも機嫌予報士の有資格者であれば、円滑にコミュニケーションを図り、建設的に議論を進展させることが可能です」  いささか誇張し過ぎた気もしたが、思いの外、面接官の反応は良いものだった。 「では反対意見の相手と、どうコミュニケーションを取るのですか?」 「こちらは決して反論してはいけません。同調し、相手の意見を深掘りしていくのです。その考えが誤っていれば必ず綻びが生じます。それを相手自身に気付かせるのです。自分の気付きで不機嫌になる人はいませんから」 「じゃあ意図しないところで相手を不機嫌にさせてしまった際の対処法とは具体的にどうやるのですか?」 「相手が不機嫌シグナルを出した際には可及的速やかに謝罪します。そこで絶対にやってはいけないのが責任転嫁です。例えばこのような言葉はNGです。『もしも不快にさせたのなら謝ります』これは不快に思った相手に責任を押し付けているように聞こえます。他方、好ましい例ですが、あくまでもこれは相手の属性によりけりということを踏まえた上で実演したいと思います。どなたか不機嫌シグナルを出して貰えますか」  僕は四人いる面接官に視線を送った。 「じゃあ僕が」  手を挙げたのは一番若い男性だった。彼は腕組みして眉間に皺を寄せ、典型的な不機嫌シグナルを発した。  僕は権藤氏が実演してくれたことをイメージしながら立ち上がった。そして片膝をつき、左手を自分の胸にあて、右手を面接官に向け、求愛のポーズをとって声を張った。 「ああ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの? この私の失言を赦しておくれ」  二拍の間が空いたのち、爆笑の渦が巻いた。 「こりゃ傑作だ」と人事部長が零す。  それからも機嫌予報士に関する質問が続き、僕は権藤氏から教わった通りに答えていった。和やかな雰囲気のまま面接は終わった。  この二週間後、僕にソリッドシステムから内定通知が届いた。その吉報に母も喜んでくれ、どこから聞きつけたのか、父が家に帰ってくるようになった。ギスギスしていた我が家の空気が一転して明るい彩りを取り戻したのだった。
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