最後の天使

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最後の天使

 由美はゴーグルを首に下ろし、楽しそうな弾む声で言った。  「ちょっと待ってくださいね」  パソコンにアクセス。  「ここをこうして、こうしてこう! 本部送信!」  スパーンとエンターキーを叩く。  仁は感心した。  「たくましくなりましたね」  「勿論」  彼女が振り返ってニッコリ。  「名簿、送信できましたか」  「何の名簿?」  彼女が首をかしげる。友の会の方が手を打つのが速かった。  仕方がない。仁は名簿は諦め、由美に尋ねた。  「どこで仲間と合流できますか」  「隣の部屋に隠し通路が――」  「見つけた、あの女」  由美は息を飲んだ。コンピュータールームの入口に、病院構成員の若い女が立っていた。女は、持っていた呼子を吹いた。    ドドッと、大勢らしい足音が轟き、主に6階構成員が駆けつけ、仁達を囲んだ。彼らは由美に敵意を剥き出した。  「仁にお姫様抱っこされて、いい気になって」  「虫だ」  「仁に悪い虫がついた」  「魔女だ」  「魔女裁判だ」  「血祭りにしてやる」  状況がかんばしくない。  仁は由美を病院構成員からかばうように立った。  「かかれ、血祭りだ!」  仁の後ろの由美めがけて病院構成員が押し寄せてくる。仁は由美をかばったが、つき飛ばされた。連日吐いていたので体力がついてこない。  「きゃあ!」  「この魔女! 仁を誘惑しやがって」  「由美さん!」  ゴキン  あたりは静まりかえっていた。仁は由美を取り返すために、信者の一人を殴り倒していた。  事態に呆然とするのは、仁、本人。  身体が弱っていると、それで手一杯で、弱い者を取り押さえる事が出来ないのだ。まずいことに気がついても、もう遅い。周囲が騒然とする。  「神様が裏切った」  「いいや、神様じゃなかったんだ、騙された」  「魔女は男の方だった」  「あんなに貢いだのに、騙してたんだ」  「馬鹿だね、今頃気づいたの? 私、最初から言ってたよね。あれは詐欺のカマトトだって」  「知らなかった……」  「血祭りは仁の方だ……」  病院構成員が囲みの輪をじわじわ縮めてきた。  ある瞬間から、群衆が仁に雪崩かかる。仁は仰向けに転倒。加害者の誰かが馬乗になって、無数の手と一緒に仁の首を締め上げ始めた。  「誰か、助けて!」近くで由美の悲鳴。  仁は自分の死を感じた時、いつも先陣切ってかばってくれる、大型猫みたいな同僚を思い出していた。  その時だった。  ドン、ドン、ドン!   ガシャン!  発砲音と、窓ガラスが割れる音。大勢を相手にしている仁には、誰が何処から発砲したのかわからない。  ドン!  炸裂音と同時にあたりが一瞬で暗転した。太陽の光が届かない。仁は目をこすったが見えるようになるわけでなく。  近くで由美の声。  「煙幕……誰の?」  彼女がもう一弾持っていたわけではないようだ。  仁は自由になったのを知って、身体を起こした。煙幕は、割れた窓から抜けてゆく様子。これでは視界は開けるが、信者に見顕されてしまう。  誰かが仁の胴を前から担ぎ上げた。  「行くぞ」  「あいよ!」  知ったような男声と女声。  仁は多分、割れた窓の前まで運ばれた。外ではなく、煙幕の方を向いているのでよくわからない。正面から病院構成員の「神様、神さま」と呻くような声。  窓の外に何かあるのか。何もなかったら、担ぎ主の眼下に病院駐車場が拡がっているはずだった。  担ぎ主は刹那、5階から飛び降りた。救世主が宙空を舞う。翼の映えた天使か、或いはーー  仁は何か柔らかい物が自分を受け止めたのを感じた。  近くに天使が転がり、仁と一緒に体制を立て直している様子。着けていた煙幕用ゴーグルを首元に下ろした。初めてその姿を確認できた。  「あ、猫」  「違う、百獣の王だ」  凪はいつもの制服姿でぷりぷり怒っていた。  凪が仁の胴を抱える。  「ほら、さっさと降りるぞ。次が来る」  「おれと由美さんが危ないの、どうしてわかったんだ」  「窓にカメラくらい着けてるよ」  二人で巨大クッションを降りる。  直後に、もう二人落ちてくる。  「由美さんと、マナ」  「仁さん、無事でしたか」  由美が安堵している。  「もう大丈夫です」  マナはゴーグルをおろし、由美に笑った。由美の方はマナが担ぎ出したというわけだ。  上空ヘリは、ブルーフェニックスのもの。仁が見上げた直後、ヘリの横腹から何かが発砲され、病院5階内部から光の柱が四方に飛び散った。閃光弾だ。  凪は笑って指さした。  「あれは、ちま」  ちまは病院構成員の視界を奪い、凪たちの後を追えないようにしたらしい。  仁達は一瞬にして後続の仲間に回収され、クッションの空気が抜かれた。  病院屋外で、ブルーフェニックスのトラックが待機している。凪達はそこに駆け込み、入れ替わりに隣のトラック3台から、残りの第三部隊員が病院に突入。明星病院本体と、病院構成員をインク弾で染めあげに行くのだった。  2時間経った。  水色になった病院は、証拠として残される。インクの上からペンキを塗っても無駄。常に水色に光るようになっている。落としたかったら、ブルーフェニックスに情報提供するしかない。  それができなかったら、ブルーフェニックスに協力できない理由のある病院として、浜田公大と一緒に、永久に運営される事になる。水色が嫌で建てかえるのなら構わない。友の会側のダメージになる。  仁は仲間に介抱されながら、雨風隊長に侘びた。  「しくじりました、隊長。名簿見つけていたのに」  「お前が無事ならそれでいい。今救急を呼んでるから、安静にしろ」  「血液検査もお願いします。薬物投与されてます」  「わかった」  隊長の目配せ。  反応した30代糸目隊員の牧田が自分の班に指示。注射器を持って仁のもとに駆けつける。採血とバイタルを取るくらいなら内輪でできる。検査は医療部隊に回すことになる。  「ごめんな、解毒剤はもう少し待てよ?」  「ありがとう。わかってる」  仁は牧田に笑った。  後から友の会の犯行の証拠を更に取る必要が出てくる可能性もある。仁は生きた証人だ。現状を維持する必要がある。  凪が続く。  「隊長、仁は頸椎前方固定の手術を受けています。ほっとくと背骨が曲がって、老後苦しみます」  隊長が憎々しげに歯噛みする。  「あいつら……。精密機器で調べる。頸椎の骨折がないなら除去しよう」
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