トリシアと魔女の塔

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 私は筆を置いた。顔をあげる。ダンブロア城の私のためにしつらえられた部屋の窓から、丘のなだらかに傾斜した、雄大に広がる土地と、はるか先に曲がりくねって伸びる道、そして城下町が見える。私はアルテミシアにいた頃の風景を思い出そうとした。すると自分で考えていた以上に、容易に、その風景は瞼の裏に浮かんできた。校舎の前に穴を空けたみたいに広がっていたラーヌ湖、それからいつも遊んでいた裏庭、さらに後ろにはラーヌの森があったっけ。私にとっては、このダンブロア城で過ごした三年間よりも、あの時、アルテミシア魔女学校で過ごした六年余りの日々のほうが、心に色濃く残っている。それは一年生の年度末が近づいた頃──まだ幼く、大人になりきれていなかった私たちが、初めて本当の試練を経験し、本当の友だちを得たからだ。そう、あれは八年前の冬が近づく頃だった──。 1  マーラ・クリンシーは当時の私にとって、あまり歓迎すべき生徒ではなかった。なにせ彼女は魔女の家系の出身者ではなく、単なる田舎の村から出てきた農民の娘だったからだ。別に、私だって身分で全てを区別しようという気はなかった。たとえ魔女の血を引いていなくても──いや、実際のところは、魔術が使えるという時点で、どこかで魔術師か魔女の血は混じっているんだろう──魔女学校で授業を受けるにふさわしい人間であれば、私だって親しくするのにやぶさかではない。だけど、はっきり言ってマーラは劣等生だった。魔術の才があると認められ、魔女学校に入学を果たしたというのに。彼女は入学して一年近く、一つもろくに魔術が使えない生徒だったのだ。  私が彼女を歓迎していなかったという理由は、もう一つある。やっぱり僻地の田舎から出てきたものだから、マーラはどこか言葉にも訛りがあったし、会話の内容も牛とか豚がどうとか、今年の麦はどうとか、私たちの話す内容とはちぐはぐなものが多かった。はっきり言えば、学校全体の雰囲気に馴染んでいなかった。田舎臭かった。しかしそんなマーラが、なぜか私と同室だった。
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