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プロジェクトの起点―20年前のあの一瞬
以前のT(私)は好き放題に世界を飛び回っていてM(母親)のことは放ったらかしだった。
そんなTが『M(母親)が穏やかで幸せな最期を迎え、天国に行くこと』という難しいミッションに挑戦しようと決意する切っ掛けとなった出来事がある。
久し振りに実家に戻ったTは他愛の無いテレビのやりとりをBGMにしてMと世間話をしていた。相槌が途絶えたので、話の内容が退屈なのかなと思い(そのときは確かアメリカで憧れのプロレス王者と肩を組んだという自慢話をしていた・・・・)表情を窺うと、眠っているみたいで呼び掛けても全く反応が無い。しかも、手先から肘にかけけて小刻みに震えている。
「嘘やろう・・・・」
Tは狼狽えた。身体中の細胞が全部干上がりそうなほどに。
Mが目の前で死ぬ、とTは思った。
そう思った途端に様々な後悔が溢れ出した。
海外旅行に連れて行けばよかった・・・・(そもそも旅行に連れて行ったことがない)
プレゼントを贈ればよかった・・・・(母の日も誕生日も、プレゼントを贈ったことがない)
手を繋いで歩けばよかった・・・・(成人してから手を繋いだことがない)
ありがとう、と、伝えておけばよかった・・・・(それすら口にしたことがない)
今更、後悔しても遅い。
ところが、このときの顛末は、と言うと・・・・
救急隊員と医療従事者の尽力で、大事には至らなかった。
幸運にもMは死ななかったのだ。
とは言え、Tはあのとき一瞬ではあったが、Mの死を覚悟した。
人間いつ死ぬか分からないと、無常を実感した。
だから後悔しないように、精一杯の親孝行をしようとTは決めた。
ミッションは未だ漠然としていたが、プロジェクトの起点は間違いなく、あの一瞬に在った。
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