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聖油の秘蹟(ひせき)
キリスト教には様々な行事があって『聖油の秘蹟』というのは、死の危険がある信者を司祭が訪問し聖油を額と両手に塗り病苦を癒し罪を洗い流す。
TはMの信者友達からそのことを聞いた。
「不吉なことは言いたくないけど、もし病状が悪化して、聖油の秘蹟が間に合わなかったら困るからお医者さんと相談した方がいいわよ」
Tは早速、主治医にそのことを相談した。すると、主治医から予想外の言葉が返ってきた。十一月半ばのことだ。
「確実に言えるのは、残念ですが、年は越せないということです」
確かにMは衰弱している。そのことは傍に居るTが一番良く分かっている。しかし、それほど悪いとは思っていなかった。隔週の血液検査の結果も一進一退だったし、少なくともあと一年くらいはこの状況が続くものだと勝手に考えていた。
「酷な言い方になりますが、年末のどの時点で亡くなっても不思議ではない状態です」
余命一カ月あまり、ということだ。それならそれでもっと前に言って欲しかったとTは憤ったが、全く予期していなくて突然亡くなるよりはこの方が増しだったと、或る意味で『聖油の秘蹟』に感謝した。
余命がはっきりしてもMとTの日常は何も変わらない。このプロジェクトはMもTも思い残すことなく最期を迎えるためのプロジェクトなのだからいつその日が来ても慌てたりしない。建前上は、そうだ。
しかし、実際にはあまりにも短い余命を聞かされてTは激しく動揺した。
Mはこの日から十四日後の夜に亡くなった。その十四日間はTにとって悲しく、その中に幸せな瞬間もあって、これまで以上に濃密な時間となった。
(次回からの日記形式の十四日間のカウントダウンに続く)
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