116人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
2020年11月19日(木)
晴れた日の朝はそうなのだが、南向きのガラス戸を開けて日の光が額に当たると、Mは嬉しそうに少女のような笑みを浮かべる。
「もっと笑って」とTが言うと、理解できているのか、単なる気のせいなのか、更に大袈裟に笑ってくれる。
こういう穏やかな朝が、少なくとも一年以上はこのまま続くのだろうと、昨日まではそう考えていた。
訪問診療にやって来たО先生にTは『聖油の秘蹟』のことを相談した。おそらく苦笑されて「そういうことを考えるのは、まだ少し時期が早いと思いますよ」というような答えが返ってくると予想していたが、何と『余命一カ月あまり』を宣告されてしまったのだ。
朝日を浴びたMの笑顔を眺めていると、O先生の見立てに抗う気持ちが沸き上がってくる。医者の見立て違いというのはよくあることだ。余命半年と宣告された人が何年も生き延びたという話もよく聞く。Mの場合もきっとそうだ。
「来年のおせちはどうしようかな?」とTは大きな声でMに訊いた。
Tが子供の頃、大晦日になるとMが台所に篭って、おせちを作っていた。T少年がどんな料理を作っているのか気になって台所を覗き見する。
「もう寝なさい。せっかくの正月に寝坊したら困るでしょう?」
Mにそう言われてT少年はすごすごと台所を後にする。
Mがおせちを作らなくなったのは何時のことだったろうか・・・・
おせちを取り寄せるようになると、それを選ぶのがMの役目になった。贅沢のできない人だったから、それでも息子に良い正月を迎えさせてあげたいという想いもあって、なかなか決められなくて、いつも十一月になって滑り込みで注文する。
「ほら、洋食のおせち、なんていうのもあるよ」とTは朝日を浴びて笑っているMにカタログを見せた。
Mはもう栄養飲料しか口にしないし、正月の意味も、おせちの意味も分からないだろうと思うが、この時期になるとカタログを見せて選んでもらおうとしてしまう。
2020年の正月は、Mは未だ椅子に座って、取り寄せたおせちを、少しだが、小皿に取って普通に箸で食べていた。三段の重箱を目の前でお披露目すると、Mはとても嬉しそうな顔をした。食べられるものは限られていたが、それでも一巡小皿に取ってMと共に正月気分を満喫した。
Tは2021年もおせちを取り寄せようと考えた。ベッドの傍にテーブルを置いて、縁起物の料理を一つ一つMに見せて正月気分を満喫してもらおうと思った。
Tはこの時点で未だMと2021年の正月を迎えられると信じていたのだ。
だからこの日、洋風の個性的なおせちを二人分、注文した。
残念ながら、Tの願いは叶わず、お取り寄せしたおせちはMが亡くなった後、Mの居ない我が家に届いた。
最初のコメントを投稿しよう!