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親不孝者、『親孝行』をそれなりに考える
Mは一昨年暮れに亡くなったのだが、その際に看護師さんがTにこんな言葉を掛けた。
「お母さんは幸せ者だわ。凄く親孝行な息子さん(Tのこと)に看取られて・・・・」
Tはむず痒かった。
と言うのも、プロジェクトMをスタートさせる以前のTは今とは真逆の親不孝者だった。
ホームドラマでよく「子供が元気で好きなことをしているのが最大の親孝行さ」という類の台詞が語られる。それを都合よく鵜呑みにして、Tは殆ど日本に居ない(Mの面倒を看ない)生き方を選択してきた。
二十年前のあの瞬間がなければ、今でもそのままだっただろう。
その看護師さんは、てきぱきと作業しながらMとのこんな思い出話をした。
「どんなに身体が痛くて辛そうなときでも、『例の海外旅行』の話をすると嬉しそうに笑ってらしたわ・・・・最後まであの笑顔を見せてくれたから、私たちも随分、救われました」
『例の海外旅行』というのは・・・・
「何か強烈で最強な親孝行をして、これまでの埋め合わせをしなければ」と短絡的に考えてTが企画した空前絶後の超VIP旅行のことだ。
二十年前・・・・
Mが退院して、しばらくした頃、Tは満を持して行動に出た。
「何処か、海外とかで、旅行したいところ、ない?」
Tが訊くと、Mはしかし、唐突に何を言い出すのか、という表情で眺めた。
「海外旅行なんて勿体ない」
薄々そういう答えが返って来る気はしていた。Mは若い頃から現在まで身を粉にして働いてきたが、いつも勿体ないと言って自分の為に金を使うことは殆ど無かった。(Mの波乱の人生については、追々、書き綴ることにする)
「腐るほどマイルが貯まっているから、何処でも無料で行ける。ホテルも無料で泊まれるし。フライトはファーストクラス、ホテルはスイートルーム。美味しいものを好きなだけ食べて、お土産を一杯買って。一生に一度くらい贅沢三昧しても罰はあたらないだろう?」
Tは畳みかけたが、Mは頑として断り続けた。段々と『親孝行を押し売り』しているような気がしてきて、さすがにトーンダウンしてしまう。
ところが、そんなとき、Mから思わぬ一言が返ってきた。
「台湾なら・・・・」
いつだったか、TはMから台湾の話を聞いたことがあった。
Mは、かつて森鴎外も暮らした台北の豪勢な官舎で幼少期を過ごしたらしい。(その後は天国から地獄に突き落とされることになるのだが・・・・)
「死ぬまでにもう一度、台湾に行ってみたいわ」
「じゃあ、行先は台北に決まりだ」
Tは大慌てで答えた。Mの気が変わらないうちに決めてしまいたかったのだ。
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