2020年11月26日(木)最期まであと6日

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2020年11月26日(木)最期まであと6日

Mは朝からとても調子が良かった。 親族が来ているので張り切っているのかもしれない。 Mは常に人の中心に居た。Mが居れば人間関係の大抵の問題は解決した。Mが妙案を出すわけではないが、Mを困らせたくないと誰もが思っているから嫌な相手とも何とか折り合いをつけた。 それは寝たきりで言葉を喋れなくても変わらない。馬の合わない相手とでもTは上手く折り合いをつける。 その馬の合わない相手が、神父さんを迎えに行った。今回の儀式は全て彼が取り仕切った。対外的なことについて、Tは常に一歩下がって、前面に彼を立てる。それがMの願いだからだ。 彼は年上だから、少年時代、普通なら学校でTが虐められたら彼が助けてくれる筈だが、彼は身体が弱くそのせいで頭も回らないから立場は完全に逆転し、Mから「彼を守ってあげて」とTは言われ続け、必死に頑張った。しかし、学年が上の彼を年下のTが学校内で守るのは大変だった。傷だらけにもなったし、大切なものもたくさん壊された。 Mの前でTは笑顔を通した。Mは彼のことで目一杯だったからだ。 Mは必死に彼の手術費用を工面し、遂に手術に漕ぎ着け、彼は健康と知性を手に入れた。 彼は幸せに暮らしている。Mの願いが叶ったのだ。それこそが最高の親孝行だ。 ただ彼はMがどれだけのことを犠牲にしたかを分かっていない。だから彼とは馬が合わない。それでもMの願いだからいつでも彼のことを立ててきた。 神父さんが到着し『聖油の秘蹟』は厳かに執り行われた。 神父さんが祈り、聖油をMの額と手に塗ると、気のせいか、Mが安心していつも以上に穏やかな表情になったような気がした。 「この間、偶々、ノートルダム清心女子大に行く機会がありました。素晴らしいところでした。あそこで洗礼を受けられたのですね。Mさんがあそこで神様に導かれた瞬間が目に浮かぶようでした」と神父さんはMの手を握って語り掛けた。 ノートルダム清心女子大は若きMがたくさんの希望を胸に抱いて通った学び舎だ。神父さんの言葉を聴きながら、Mがその頃に描いた未来と違う人生になってしまったことをTは申し訳ないと思って居たたまれなかった。
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