1.タクシーまたは水のボトル

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1.タクシーまたは水のボトル

 夕暮れだった。  街路樹の楓はもう色づき始めているのか、それともただ夕陽に染められただけなのか。黄昏に沈む街並みが車窓を流れ、それはどこか無声映画のような哀愁を漂わせていた。  信号待ちの束の間、男の目は横断歩道を渡る美女を追い掛ける。赤いサマーセーターにブロンドが眩しい。きっと、彼には手の届かない女だ。  青信号を合図にアクセルを踏む。ふと、男はバックミラーからの視線に気が付いた。探るように視線をやれば、案の定、後部座席の「お荷物」が起きていた。  彼が運ぶ「荷物」は、いつだって若い娘だった。それが女性と呼べる年頃であることはむしろ稀で、大概はまだ十六、七にも満たない少女。ひとりでタクシーに乗ったことすらなさそうな、世間知らずのティーンエイジャーばかりだ。  今日の「お荷物」は上玉だ、と男は思う。下品な考えとは裏腹に、その目も欲望も冷め切っていた。彼は知り過ぎていたのだ。後ろの少女が、これからその身でもって知るであろうことを。  黒い髪を肩まで伸ばしていた。すっと伸びた眉に、黒々とした瞳。アジア系だろうが、この辺りの血も混じっているだろう。あの綺麗な鼻の形は特徴的だ。「お荷物」にブルネットが選ばれることは珍しいが、少女の持つどこかエキゾチックな魅力に気付くと、今日の届け先にも納得がいった。  きっと、この少女は高く売れる。
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