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「――。あれ、胡桃?」
「……ん、何?」
ギターのネックをクロスで拭きながら四月のことを思い出していたら、どうやらそっちに集中していたみたいで遼くんとの通話が上の空になっていたらしい。
「急に無音になったから寝落ちしたのかと思った」
「あぁごめん。ちょっとあの時のこと思い出してた」
「あの時?」
「うん、あたしたちがまともに話すようになったきっかけ」
「あぁ、あれか」
「そうそう。今思っても衝撃的だったなぁ」
「俺は別の意味で衝撃的だったけどな」
「ふふ、あの時の遼くん、本物の陰キャみたいだったもんね」
「うるせっ」
「あはははっ」
「俺からすりゃ、まさか誰かに自分の演奏聞かせる羽目になるとは思わなかったよ」
「でも、あれがあったから今があるんじゃん?」
「そうだけど、やっぱ恥ずかしいもんは恥ずかしいよ」
「あんなに上手なのに。もっと表に出しても良いんじゃない?」
「それだと、なんかイキってるって思われそう」
「そんな人いないよ。いるとしたらただ僻んでるだけだよ」
フレットの隙間に挟まった埃を爪楊枝で慎重に取り除く。もしやり過ぎて小さい傷なんてつけてしまったら、それだけで演奏に支障をきたすことだってあるデリケートな楽器だから、こういうのは本当に気を遣う。
「まあ、そうだろうけどさ。……そうだ、文化祭でやる曲、もう決まってんの?」
「三曲しか決まってない。一応一時間くらいはステージの時間もらってるけど、あとの曲どうしよっかなぁ」
「そっか。やる曲とか順番とか決まったら教えて。観に行くから」
「うん。それともどうする? 遼くんもサポートメンバーとして出てみる?」
「やだよ。俺が出なくても人数足りてるだろ」
「ちぇ~せっかくいい腕っぷし持ってるのにー」
フレットの掃除が終わって弦を張り直す。そういえば、と前から気になっていたことをこの際だから聞いてしまえと思った。
「ねぇ、遼くんってなんでそんなに人前でベース弾くのイヤなの? 初めてあたしの前で弾いた時もずいぶん躊躇ってたよね?」
「気軽に弾きたいだけだよ。もし『実際に何か弾いてみて』って言われたら、胡桃だってある程度緊張するだろ?」
「まあ、しなくはないかな」
「だろ? 変に期待されて、そのプレッシャーで失敗してガッカリされるくらいなら、最初からあんまりぐいぐい自分の方から『俺実はこういうことできるんだぜ』って言わない方が良いかなって、俺はそう思う」
「そっか、なるほどね。……よし、できた」
弦を全て張り直してすぐにあくびが出た。
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