エピローグ

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 新曲の歌詞を練っている最中、スマホがピコンと音を立てる。頭の中ではどんな言い回しや表現が良いかを考えながら、目と手ではそっちを確認する。 『アルバムのジャケットイラスト、仕上がったのでそちらのパソコンにPDFで先に送っておきました』  相手は仕事モードだから敬語調。それに合わせたわけじゃないけど、こっちも「了解です」と敬語調で返事を打つ。彼とはメジャーデビュー初期から三年近くの付き合いがあるのに、こういうところはいつになっても変わらず律義だ。  件のジャケットイラストがどんなものかを見てみる。五線譜の一番上に少年少女が三人座っている。三段目には彼らを見上げる少年が一人、そして一番下の段にはさらにそれを見上げる少女が一人。彼らを音楽記号で言うところの「スラー」のようなもので繋いであって、まるでその五人が譜面の一部のようだ。  相変わらず秀逸なイラストに仕上げてくるもんだ、と感嘆する。しかしまぁ、このイラストからインスピレーションが湧いて何か良いフレーズが浮かびやしないものか。そうちょっと期待していたんだけど、全然そんなことはなかったみたいだ。諦めてまた一から考える時間に逆戻り。 「これじゃない、だからってこっちでもない……」そんな風にし続けてどれくらい経っただろう。少しお腹が減ってきた感じがして時計を見たら、もう既に正午を三十分くらい過ぎていた。  もうこんな時間か、と隣で曲のラフを作っていた彼に聞いた。 「もうお昼だね。ご飯どうする?」 「あ、もうそんな時間なんだ。集中してるとあっという間だな」  と、彼はベースを置いて立ち上がる。  彼――遼くんと昼ご飯を食べにレコーディングスタジオを出る。そんな時でも考えてしまうのは音楽のこと。気を抜いて良い時くらい存分に抜きまくれば良いものを、ついついそのことを考えてしまう。これが俗に言う職業病ってやつの一種類なのかな、と苦笑する。  桐ヶ丘高校を卒業してから数年が経った今、あたしと遼くんは結婚を視野に入れた同棲生活をしながら、彼を含めたメンバーでバンドを組んで音楽活動をしている。今はメジャーデビューしてから三年目に入ったばかり。デビューしてからの人気は順調に伸びていて、最近じゃ某音楽系生放送番組や音楽特番への出演も増えてきた。一ヶ月後には野外フェスへの参戦も決まっている。まだ公表はしてないけど。
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