13人が本棚に入れています
本棚に追加
上京してからずっと通い続けている定食屋に二人で入り、二人掛けのテーブル席に向かい合わせで座る。店員さんと友達みたいな感じで軽く話してからそれぞれのお約束になっているメニューを頼んだ。
少し開いた窓から春の匂いがする。
「公園の桜、もう見頃かな?」
「あ~どうだろ。この後見に行ってみる?」
「うん、行ってみたいな。ずっと仕事のこと考えてても良くないもん」
「だな」
昼ご飯を食べた後で、歩いて五分くらいしたところにある広めの公園に行った。思った通り桜はとっくに見頃を迎えていたみたいで、まさに満開といった様子の桜並木が続いていた。
「うわーすごいキレイ」
「ホントだ。トンネルみたい」
左右から伸びた桜の枝葉なんて、まさに遼くんが言った通りだ。こんなにのどかで落ち着いた雰囲気を感じるような場所が東京にあるなんて、上京したての時はこれっぽっちも思っていなかった。
「ね、ちょっと歩こうよ」
遼くんの少し前を進んで桜と桜の間をゆっくり歩く。枝にウグイスが止まっていて「ホーホケキョ」と鳴く。花びらの隙間から覗く太陽の光が気持ち良かった。風を受けて舞い上がる桜の花びら。身を馳せるようにしてそれを見上げていたら、少し後ろでカシャっと音がした。
「もー遼くんってばまたそうやってあたしのこと撮るんだからっ」
わざとむくれてやると、スマホのカメラレンズの向こうの彼は「撮りたくなるくらい絵になる方が悪いんだよ」と微笑んでいた。それからその写真をポールスターのグループLINEに貼り付けると、バンドのキーボードメンバーと音楽の非常勤講師を兼業している由良が真っ先に反応した。
遼くんがあたしに追いついて、あたしと同じように桜の木を見上げる。物音一つない、静寂そのものの時間が流れていた。
不思議なものだ。太い幹をして薄い桃色の花びらを咲かせているこれを見つめていると、どういうわけかそこにいろんな人の輪郭を重ねてしまう。
地元であたしを応援してくれているお父さんとお母さん。高校時代のアルバイト実績を買われて正社員として雇用された花絵ちゃん。あたしたちと同じように東京に出てきて、フリーのイラストレーターとしてバンドのCDのジャケットイラストを描いてくれている今井くん……。いろんな人がふと頭の中を過った。
最初のコメントを投稿しよう!